第十九話 静けさを連れてくる
朝食を食べている間、みんな静かだった。でもそれは、決して嫌な沈黙ではなかった。母と暮らしていた時には知らなかった、心地よい沈黙。
外では風が草木を揺らす音がする。何も変わらない、穏やかな時間。
食事を終えた後、ユノはぼんやりと窓の外を眺めていた。今日の空はどんよりと曇っており、霧が出ているのか森の輪郭も曖昧だ。
朝、リアに聞かれた“やりたいこと”。今まではやらなければならないことで手一杯で考えたこともなかった。でも、ここではだれも指示しない。頼まれごとをすることはあっても、それはお願いであって、命令ではない。
「僕のしたいことって、何だろう……」
その問いに、答えを返してくれる人はいなかった。 それを決めるのは、誰でもない、自分なのだから。
しばらく外を眺めていると、こちらに近づいてくる足音が聞こえて、顔を向ける。
「今日は雪、降りそうだね」
朝食の片付けを終えたリアが隣りに立って言った。同じように窓の外を見ている。確かに、今日は冷えるし、灰色の雲は厚い。本格的な冬が始まろうとしていた。
「ユノは雪遊びしたことある?」
リアに聞かれ、小さく首を振る。
「王都は街中に気温を調整する生活具……魔道具っていうんだっけ。あれがあるから、雪が降ることはあってもほとんど積もらないんだ」
ユノの家は王都の外れのほうにあったので、魔道具の恩恵を最大限に受けることはできなかったが、それでも雪は地面を白くすることはなかった。街の外に遊びに行く子どもたちはいたが、もちろんユノは遊びに出たこともない。
「でも……やってみたい」
「うん、やろう」
リアが嬉しそうに笑う。やってみたいこと。小さなことでも良い。どんなに些細なことでも、彼女なら笑わずに聞いてくれる気がした。
「あ、雪……」
リアが窓に顔を近づけると、吐いた息で窓ガラスが曇る。窓の外ではひらり、ひらりと白い雪がゆっくりと地面に落ちて、染みを作った。
「冬支度、間に合って良かったね」
リアの何気ない一言に、ユノは小さくうなずいた。確かに準備は終わっている。突然一人増えたので大変だったはずだが、それでも面倒な顔一つせずに受け入れてくれた。
自分が何がしたいか、何が出来るか分からない。まずはリアたちの役に立つことから始めよう。ゆっくりと地面を覆っていく雪を見ながら、ユノはそっと決意をした。
「ねえ、少しだけ外に出てみる?」
「こんなに寒いのにですか?」
「ちょっとだけだってば」
飽きれるミラにリアはむぅっとしながら返す。その頬をミラが面白そうにつついた。年はそう変わらないはずなのに、ユノに対して少し大人ぶるリアだったが、ミラと話すときは途端に年相応に見える。ミラはそんなリアの様子に気が付いてはいたが、敢えて何も言わなかった。
「あの、僕……ちょっと外、行ってみたい、かも」
「……無理しなくていいんだよ?」
ユノが遠慮がちに言うと、リアは少し心配そうに聞く。ミラに言われたことを気にしているらしい。
「無理じゃなくて、僕がしたいんだ」
「じゃあ行こう」
ユノのはっきりとした希望に、リアは嬉しそうにうなずいた。
防寒着を着てから、三人は外に出る。外は思ったより、空気が冷たかった。
「こんな寒いのに外に出るなんて、子どもは元気でいいですね」
「もう! 年寄みたいなこと言わないで!」
ミラはそう言いつつも、全然寒そうには見えなかった。ただリアをからかいたいだけなのだろう。
ひらひらと舞う雪に手を伸ばすと、体温で溶けた雪が手を濡らす。 地面はすでにうっすらと白くなっており、足で踏むと雪が小さく音が鳴った。そんな小さな音がはっきり聞こえたことで気付く。
「今日はなんだか静かだね」
ユノが周りを見渡しながら首を傾げた。リアは「ああ」と頷いて空を見上げる。
「雪がね、音を吸ってるんだって」
「吸う……?」
「そう。積もり始めが特に静かになるんだよ。世界に音がなくなったみたい」
ユノは上手く想像出来ずに首を傾げる。確かに、風の音も森のざわめきもどこか遠い。それでも、世界から音がなくなるところが想像出来なかった。
ユノは空を見上げる。雪は変わらず、ひらひらと落ちてきていた。
「昨日の話をした時も……」
リアが一瞬こちらを見る気配を感じた。ユノは雪を見つめたまま続ける。
「こんな風に雪が降ってたら……」
話したことを後悔しているわけではない。過去がなくなるわけでもない。ただ、ふと思っただけ。言葉を探して、少しだけ間を置く。
「……全部、吸ってくれたのかな」
リアは何も言わない。慰めるわけでも、否定するわけでもない。同じように雪を見つめて隣りに立っている。
それだけで良かった。
しばらくして、雪が強くなってきた頃、リアが口を開いた。
「そろそろ中に戻ろうか。雪遊びする前に風邪ひいちゃう」
そう言って笑うリアの顔は、いつも通りだった。ユノもうなずき、後に続く。雪は静かに降り続いている。世界を白く染めながら、まるで境界が曖昧になっていくようだった。
本格的な冬が始まろうとしている。ユノはもう一度雪を見てから、扉を閉めた。
第四章です。
冬が始まります。




