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名を交わす精霊の森  作者: 葉月
第一章 境界の森

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第二話 神の恩寵

 王都の噂を聞いてから数日、リアは森で薬を作り、町で冬支度の買い物をする生活を続けていた。


 噂に続きはなかった。けれど、忘れられるほど軽い話でもなかった。


 今日もいつものように薬を作る。薬草を乾燥させながら、それでもリアの心にはその少年の噂がいつまでも引っかかっていた。

 摘み取った葉をつまみながら、いつまでも指先でくるくると回しているリアにしびれを切らし、ミラが話しかける。


「リア、最近ずっと考え事をしていますがどうしました?」

「んー……何となく王都の噂が気になって」

「忘れなさい」

「え?」


 ミラにしては冷たい声音だったので、リアは思わず聞き返した。自分でもそんな声が出ると思っていなかったのか、ミラは誤魔化すようにリアの手から薬草を取る。


「教会と関わっても良いことなんて何もありません」

「それはそうだけど……」


 リアも何故こんなに気になるのかは分からない。精霊を見た子どもの話なんてよくあることだった。

精霊は信じる者の目には映りやすい。子どもの頃は見えていても、大人からは否定されやがて見えなくなるものだ。それでも、教会に連れて行かれた話は後を絶たない。


 リアは噂話を振り払うように頭を振る。ミラの言う通り、教会とは関わらないのが一番だ。


「よし、そろそろ買い物に行こうか」


 ミラは返事をするように一度だけ強く瞬いた。


 いつものように薬を籠に入れ、町への道を歩く。空気はすっかり冷たくなり、冬の気配が濃くなっていた。

 しばらく歩いていると、後ろから走ってくる音が聞こえてくる。


「おーい! リアー!」

「こんにちは」


 追いついてきた青年は息を整えると挨拶を返した。彼は近くの農村に住んでいる顔見知りの青年だった。


「これから木材を売りに行くんだ。良かったら町まで一緒に行かないか?」

「うん、もちろん」


 二人は並んで歩き出すと、青年が口を開いた。彼は話が好きなようで、会うといつも色々な話を聞かせてくれる。農村での暮らしのこと、町での様子、そして――王都の噂話。


「聞いたか? 教会が神から新しい恩寵を賜ったらしい」

「恩寵って……」

「何でも聖具を使った新しい奇跡らしい」


 リアの胸がドクンと跳ねる。

 教会の奇跡とはつまり、精霊のことだろう。精霊が見える少年の話、新しい聖具、これらはきっと偶然ではないはずだ。


「一度くらい、奇跡って見てみたいよな」

「そう、だね……」

「――っと、もう町か。じゃあ俺は行くから、帰り道遅くなるなら気を付けろよ!」

「……ありがとう」


 リアは町の入口で立ちすくんだまま青年を見送る。先程聞いた話が頭の中をぐるぐると回る。青年の後ろ姿が完全に見えなくなった頃、ようやく口を開いた。


「ねぇ、ミラ……新しい恩寵って……」


 リアは他の人には聞こえない声でずっと沈黙を貫いているミラに話しかける。

 しかし、ミラは答えない。一瞬だけ迷うように光が揺れたが、それだけだった。


「……用事を済ませて早く帰りましょう、リア」


 それは拒絶だった。リアはそれ以上何も聞けず、町に入った。

 町で薬を売り歩き、先日風邪をひいていたおばあさんの家を訪ねる。


「体調はどう?」

「もうすっかり良くなったよ、ありがとうねぇ。それよりも昨日息子が高いところから落ちて腰を打ってしまって」

「それなら打ち身に効く薬を持ってきてるから、これを塗ってあげて」


 元気になったおばあさんに風邪薬の代わりに塗り薬を渡す。リアは他にも足りない薬がないか聞きつつ、籠の中を漁る。


「そういえば、この間からそこの通りにある灯りの生活具の調子が悪かったのを知ってるかい?」

「あぁ、確かに光が弱くなっていたね」


 魔道具は大昔に作られたものであり、今では直せる人もいないのだろう。教会は魔道具を神の御加護だと言い、町の人も動力源を知らない。その内動きを止める魔道具も多くなるのではないだろうか。


「昨日教会の人が来てねぇ、新しく賜った神の恩寵とやらで直して行ってくれたのよ」

「……え?」


 それは先程聞いた話ではないだろうか。

 神の恩寵。

 リアは直してもらったという魔道具に目を向ける。


「なに、あれ……」


 直したのではない。無理矢理精霊の力を魔道具に流し込んで光らせている。いつもなら静かに流れているはずの精霊の力が、わずかに暴れている。それでも何かで抑え込まれて魔道具を稼働させているようだった。


「どうかしたのかい?」

「……ううん。直って良かったね」


 リアは慌てて取り繕った笑顔を向ける。神の恩寵とは何なのか。

 ミラは教えてくれなかった。

 それでもあれが、精霊にとって良いものではないことだけは、はっきりと分かった。


 町での用事を済ませると、リアは早めに帰ることにした。

 薬は殆ど売ることができたし、必要な物も買えた。けれど心は晴れない。町を出ると、空気が少し冷たく感じられた。


 いつも森に入るまではあまり口数は多くないが、肩口に留まるミラがいつも以上に静かだった。


「……ねぇ、ミラ」


 呼びかけてみるが、返事はない。そっと様子を窺うが、ミラは沈黙したまま動かなかった。


 森に入ると、湿った土と枯れ葉の匂いがした。


 いつもと同じ森の匂い。けれどどこか落ち着かない。精霊たちの気配もいつもと同じはずなのに、普段感じている穏やかな流れが、わずかに乱れているように思えた。

 ミラがそっとリアに体を寄せる。


「……気のせい、だよね」


 リアは足元をすり抜けて行った精霊に目を向ける。それは木々の間を縫ってすぐに消えて行った。

 自由に飛び回る精霊たち。何も変わらない。それを確認してリアは小屋へと向かった。森に着いても尚、沈黙を続けるミラを肩口に乗せたまま。


「ただいま」


 返事が返ってくるわけではない。ただの習慣だ。

 乾燥させた薬草、古い鍋、読みかけの本。いつもの光景にほっと一息つく。

 そこでリアは自分がずっと緊張していたことに気が付いた。小屋の扉を閉めると、ようやくミラはリアの肩から降りる。


「お風呂の湯を沸かしてきます。今日はよく暖まってから休みましょう」

「ありがとう」


 ミラは淡く光りながら浴室へと消えていく。お風呂の準備をしてくれている間にリアは簡単な夕食を用意する。いつもの日常だ。

 教会へ連れて行かれた少年、新しく賜った恩寵、直った魔道具。

 ミラにこれ以上聞いてはいけない。そう思ってリアはそれらをそっと頭の隅に追いやった。


 胸の奥の違和感は無視したまま。

話好きの青年は、リアが森で一人で暮らしているのを知っているので、会えば色々心配してくれます。

でも下手なことを言うと色んなところで勝手に話しちゃいそうですね。

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