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名を交わす精霊の森  作者: 葉月
第三章 奪われたものの行方

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第十八話 導かれる夜

 もうここを通るのも何度目か。外に続く地下通路を歩きながら考える。いや、そんなことはどうでもいいかもしれない。

 核を作ることにも慣れてきた。精霊の声は受け流せば、心は痛まない。作業をこなせばこなすほど、まるで自分ではなくなっていくようだった。


 階段を上って外に出ると、いつもの礼拝堂だ。灰衣の神官が聖具で精霊の場所を探す。四隅に石が置かれる。準備が終われば、自分の番だ。


「103、中央へ」

「はい」


 ユノは杯を持って結界の中央に立つ。中に入っているのは、空洞だらけの軽石だ。神官たちが元素石と呼ぶもの。

 今日は風の精霊のようだ。石を見ただけで、何の精霊か分かるようになった自分が嫌になる。少し待つと、淡い緑の光が結界に入った。


「呼びなさい」

「……風の精霊よ、来い」


 もう声は震えない。ただ、精霊から流れてくる感情の奔流に耐える。

 やめて。助けて。苦しい。

 ユノは心の中でごめんなさい、と繰り返す。そうしてやり過ごし、一際強く光れば声は消えた。


「結晶化、完了」


 灰衣の神官の声に膝を付く。浅い呼吸を繰り返しながらも、倒れることはない。


「随分慣れましたね」


 そこには感嘆も賞賛もない。ただ事実を述べているだけ。

 慣れる。その言葉が、重くのしかかる。果たしてそれは良いことなのか、悪いことなのか。ユノのやることはここまでだ。あとは片付けが終わるまで待機していれば良い。


 ぼーっとその様子を眺めていると、珍しく他の子どもがやって来た。自分と同じく、灰衣の神官に連れられている。

 しかし、その子どもの様子は少しおかしかった。目は虚ろで、両脇を支えられていないと、一人で歩けないようだった。灰衣の神官が準備をしている間も、ずっと支えられて虚空を眺めている。

 準備が終わると、中央に座らせられ、杯を持たされた。灰衣の神官が何かを耳打ちし、それを子どもがうわ言のように復唱し始めると、灰衣の神官は結界から出て行く。


「あれはもう駄目だな」


 近くにいた神官の呟きが聞こえた。いつの間にか片付けは終わっていたらしい。


「103、行くぞ」

「……はい」


 ユノは背後を振り返りながらも、神官たちについて行った。もう駄目だ、という言葉がいつまでも耳に残っていた。


 その夜、ユノはベッドに横になりながら、今日見た子どもを思い出す。虚ろな目をして、両脇を支えられ、うわ言のように言われた言葉を復唱する。 そこに、その子の意思などなかった。

 自分もいつかはああなってしまうのか。 ユノは自分の体を抱きかかえながら身震いした。


 視界の端にいつもの淡い光が見えた。またか、そう思い目を閉じる。ここに精霊はいない。

 そう思っていたのに、今日はやけに光が強かった。目を開けると、幾つもの光がユノを囲んでいる。


「どうして……こんなに……」


 呆然としていると、精霊たちが扉の隙間から外に出て行く。


「あっ……待って!」


 扉に手を掛けると、いつもなら鍵が掛かっているはずなのにすんなりと開いた。 廊下に出ると、見張りの灰衣の神官が立っている。

 ユノは咄嗟に怒られると思い身構えるが、何故かその目はユノを見ていなかった。呑気に欠伸をしている姿を見ながら不思議に思うも、精霊たちに導かれながら廊下を歩いた。


 いつもは使われない通路。明かりはないが、精霊の光で周りはよく見えた。石造りの壁はひび割れ、床には埃が積もっている。階段を上り、扉を開けると、夜の冷たい空気が肌を刺した。

 そこは外だった。もう外壁もほとんどないが、いつも使っている通路の先と同じく、礼拝堂だったのだろう。背後を振り返ると、王都の明かりが随分と遠くに見えた。

 空気がとても澄んでいる。久しぶりにちゃんと息が吸えるようだった。


 あそこには温かい食事があって、清潔なベッドがあって、救済があった。そこまで考えて、首を振る。


「救いなんて、なかった……」


 番号で呼ばれるたび、何かが削られていく感覚があった。名前や感情、自分の意思。精霊も子どもたちも、ただ、壊されるだけ。

 ユノは精霊の導くままに歩き出す。もう後ろは振り返らない。壊れる場所に戻る理由など、どこにもなかった。

元素石はそれぞれ属性ごとに違います。

そしてやっと抜け出せました。次回過去編終了です。


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