第十七話 拒絶
今日もいつもと同じ日が始まる。灰衣の神官といつもの部屋へ向かうと思っていると、別の場所へと案内された。いつもより人数も多く、大掛かりな荷物も持っている。
「それでは、出発する」
黒衣の神官が声を掛けると、皆が歩き出した。説明はないが、いつものことだ。周りから遅れないように足だけを動かす。壁に明かりは少なく、足音だけが響いた。
長い地下通路の先で、階段を上る。扉を抜けると、外の光が目に刺さった。久しぶりの外だった。そこは使われなくなった古い礼拝堂のようで、壁や天井の一部が崩れ落ちている。
「気配は」
「まだ先です」
「行くぞ」
黒衣の神官の短い号令で、一行は再び歩き出した。先頭を歩く灰衣の神官が、たまに手元の聖具を確認しながら進路を変える。
「この辺りが反応が強いです」
「よし、それでは結界の準備を」
一斉に動き出す灰衣の神官を眺めながら、ユノはその場を動かない。自分は指示をされるのを待てばいい。逃げるという考えすらなかった。
灰衣の神官は一定の距離で、四隅に石を置く。大体20歩くらいだっただろうか。そして、同じく石の入った杯をユノに持たせた。その石は赤黒く、まだ熱を帯びているのが分かる。
「これから聖具の核を作ってもらう。精霊が結界の中に入ったら、来いと呼ぶだけで良い」
「え……」
即答できなかった。聖具の核というのはつまり、精霊が閉じ込められている結晶のことだろう。元々作られていた物を調整するだけではない。
あれを、自分の手で作る。
「返事は」
冷たい声が落ちる。しかし、のどが張り付いたように声が出ない。早く、返事をしなければ。
「……い、いや……です」
やっと出てきた言葉は、拒絶の言葉だった。恐らく、この後はお仕置き部屋だろう。それでも、核を作る作業よりはずっとましだと思った。
しかし、返ってきた言葉は、ユノが予想していなかったものだった。
「そうか」
叱責ではなかったが、相変わらずの冷たい声。それでも、この作業をしなくても良いのであれば、何でもいい。
そう思った瞬間――
「……っ!」
精霊の断末魔のような音が聞こえた。骨を砕かれるような音と共に、キンと耳を劈くような音。見れば、黒衣の神官が結晶を粉々に砕いていた。
「これは上手く定着しなかった失敗作だ。放っておくと中のモノはいつの間にかいなくなっているのだが……」
そう言いながら、もう一つ手に取る。そして、そのまま地面に落とし、踏みつけた。
「うっ……やめ……!」
パキンと音を立てて結晶が粉々になる。更にもう一つ、二つと砕いていった。
「お願い……もうやめて……」
「では、杯を持って中央に立つように」
ユノはふらつく足で結界の中央へと歩く。あの神官は、中のモノはいつの間にかいなくなると言った。つまり、あの結晶の中の精霊は逃げ出せるのだ。
自分が拒否し続ければ、多くの結晶が壊される。これは、多くの精霊を救うためには、仕方のないことなんだ。ユノは必死に自分にそう言い聞かせた。
「反応、近いです」
灰衣の神官の声に視線を滑らせる。すると、赤い光を纏った精霊が、石に惹かれるようにやって来たところだった。
「来ないで……」
思わずユノは呟く。しかし、願いも虚しく、精霊は結界の中に入った。黒衣の神官の指示が飛ぶ。
「呼びなさい」
その手には、結晶。寒くもないのに、奥歯がカチカチとなる。緊張で喉が渇く。ユノは一度深呼吸をすると、口を開いた。
「……火の精霊よ、来い」
その途端、四隅の石が光り出す。淡い光が吸い寄せられるように近付いてきた。同時に感情が流れ込んでくる。
苦しみ、怒り、助けを呼ぶ声。ユノは必死に杯を握りしめて耐える。逃げることは、許されない。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
誰に向けた謝罪かも分からないまま、ユノは呟き続けた。やがて、一際強く輝いたと思うと、ふつりと声が途切れる。キンという甲高い音が聞こえたと思うと、杯の中の石は結晶へと変わっていた。
「結晶化、完了」
淡々とした声に、意識が遠のく。地面に倒れる前に、誰かが杯を回収した。意識が途切れる瞬間、黒衣の神官と目が合った気がした。
*****
灰衣の神官たちが片付けをしている間、黒衣の神官は倒れたユノを見ていた。
「やはり、適正が高い」
他の被検体なら、精霊を呼んだ瞬間倒れるか、泣き叫ぶ。これなら安定して核を作ることも可能だろう。
「まさか、拒絶の言葉が出るとは思わなかったが、案外失敗作も役に立つものだ」
黒衣の神官は、粉々になった結晶へと目を向ける。自分には聞こえないその声に振り回される子どもたちは、とても滑稽に見えた。
「まだ壊れてくれるなよ」
そう言ってユノを見ると、粉々の結晶を踏みながらその場を後にした。




