第十六話 番号の生活
連れて行かれた先は、外から鍵のかかる小さな部屋だった。天井は高く、上の方に明り取りが一つある。部屋の中にはベッドと簡易机が一つ。寝食はここでするらしい。
「ここが103の部屋です。明日からやってもらう作業があるので、休息を取るように」
灰衣の神官はそれだけ言うと、扉に鍵を掛けて去って行った。ユノはそのままベッドに倒れ込む。頭の中ではまだ、精霊の音が響いている。
「あたま……いたい……」
ユノは自分を守るように丸くなりながら、眠りに落ちた。
翌日から、新たな生活が始まった。朝は決まった時間に起こされ、朝食が出される。食べ終わったら部屋から出され、作業部屋に連れて行かれた。
作業部屋では、聖具と呼ばれるものの調整を行わされる。机の上に置かれた聖具は様々な形のものがあったが、共通していた点は淡く光る結晶がはめられていたことだ。それは初めて教会に来た時に見せられた杯と同じく、精霊の叫び声が聞こえた。
「触りなさい」
灰衣の神官の短い指示。検査の時と同じく、理由も説明もない。ただ言われたことをこなすだけ。
見ているだけでも頭が割れそうだったが、触れた瞬間、精霊の力と一緒に感情のようなものが流れてくる。苦しみ、悲しみ、怒り。色々な感情がごちゃまぜになって、吐き気がした。自分のものではないはずなのに、胸の奥が軋む。
「共鳴完了。出力、安定しました」
耐えきれずに膝をつく。すると、すぐに叱責が飛んだ。
「103、立ちなさい」
ユノは机に手を付いて、何とか立ち上がる。相変わらず吐き気はあったが、聖具が目の前から片付けられると、頭痛は幾分か楽になった。
「隣の部屋で昼食を摂るように」
まだ胃の中がぐるぐるしているというのに、こんな状態で食べ物を入れたら全て戻してしまいそうだ。それでも、ここでは指示に従う以外の選択肢はなかった。
部屋には数人の子どもたちがいた。どの子も上の部屋で見たことのある顔だ。その胸には自分と同じく、番号の書かれた札を付けている。
やはり、救済なんてものはなかった。初めから期待などしていない。
子どもたちは、皆一様に目が虚ろだった。ただ言われたから、機械的にご飯を口に運ぶ。会話はない。食べ終わると時間が来るまでぼーっと過ごす。そして、午後の作業に戻って行った。
夕方になると身を清める。神の前では、いつでも身綺麗にしていなければいけないらしい。その後は夕食を摂って就寝だ。その頃にはもう体も重く、ベッドに横になるとすぐに瞼を閉じた。
瞼の裏で、結晶に閉じ込められた淡い光が揺らめいている。耳の奥にこびり付いた声。そして、音。夜中に何度も起きて、それでもまた朝が来ればいつもの一日が始まる。
そんな日を繰り返し、番号で呼ばれるのも慣れた。番号で呼ばれる度、自分の中の何かが削られる気がしたが、些細なことだ。呼ばれたら返事をし、言われたことをこなせば叱責もない。母は何に対し怒り出すか分からなかったが、ここではとても簡単なことだ。
調整作業も、もう吐き気を感じない。それでも耐えきれない子もいるのだろう。昼食を摂る部屋の子どもたちの中には見かけなくなった子もいた。103になった日、神官に運ばれていた小さな担架を思い出す。
「……壊れなければ、いい」
そうすれば、捨てられない。それが、ここで生きていくために必要なことなんだ。そう思うしか、なかった。
ふと、視界の端で淡い光が動いた気がしたが、こんなところに精霊がいるはずないと、ユノはそのまま目を閉じた。明日もまた、同じ一日が始まる。




