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名を交わす精霊の森 ~精霊を忘れた世界で、少女は失われた盟約を結び直す~  作者: 葉月
第三章 奪われたものの行方

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第十六話 番号の生活

 連れて行かれた先は、外から鍵のかかる小さな部屋だった。天井は高く、上の方に明り取りが一つある。部屋の中にはベッドと簡易机が一つ。寝食はここでするらしい。


「ここが103の部屋です。明日からやってもらう作業があるので、休息を取るように」


 灰衣の神官はそれだけ言うと、扉に鍵を掛けて去って行った。ユノはそのままベッドに倒れ込む。頭の中ではまだ、精霊の音が響いている。


「あたま……いたい……」


 ユノは自分を守るように丸くなりながら、眠りに落ちた。


 翌日から、新たな生活が始まった。朝は決まった時間に起こされ、朝食が出される。食べ終わったら部屋から出され、作業部屋に連れて行かれた。

 作業部屋では、聖具と呼ばれるものの調整を行わされる。机の上に置かれた聖具は様々な形のものがあったが、共通していた点は淡く光る結晶がはめられていたことだ。それは初めて教会に来た時に見せられた杯と同じく、精霊の叫び声が聞こえた。


「触りなさい」


 灰衣の神官の短い指示。検査の時と同じく、理由も説明もない。ただ言われたことをこなすだけ。


 見ているだけでも頭が割れそうだったが、触れた瞬間、精霊の力と一緒に感情のようなものが流れてくる。苦しみ、悲しみ、怒り。色々な感情がごちゃまぜになって、吐き気がした。自分のものではないはずなのに、胸の奥が軋む。


「共鳴完了。出力、安定しました」


 耐えきれずに膝をつく。すると、すぐに叱責が飛んだ。


「103、立ちなさい」


 ユノは机に手を付いて、何とか立ち上がる。相変わらず吐き気はあったが、聖具が目の前から片付けられると、頭痛は幾分か楽になった。


「隣の部屋で昼食を摂るように」


 まだ胃の中がぐるぐるしているというのに、こんな状態で食べ物を入れたら全て戻してしまいそうだ。それでも、ここでは指示に従う以外の選択肢はなかった。

 部屋には数人の子どもたちがいた。どの子も上の部屋で見たことのある顔だ。その胸には自分と同じく、番号の書かれた札を付けている。

 やはり、救済なんてものはなかった。初めから期待などしていない。


 子どもたちは、皆一様に目が虚ろだった。ただ言われたから、機械的にご飯を口に運ぶ。会話はない。食べ終わると時間が来るまでぼーっと過ごす。そして、午後の作業に戻って行った。


 夕方になると身を清める。神の前では、いつでも身綺麗にしていなければいけないらしい。その後は夕食を摂って就寝だ。その頃にはもう体も重く、ベッドに横になるとすぐに瞼を閉じた。

 瞼の裏で、結晶に閉じ込められた淡い光が揺らめいている。耳の奥にこびり付いた声。そして、音。夜中に何度も起きて、それでもまた朝が来ればいつもの一日が始まる。


 そんな日を繰り返し、番号で呼ばれるのも慣れた。番号で呼ばれる度、自分の中の何かが削られる気がしたが、些細なことだ。呼ばれたら返事をし、言われたことをこなせば叱責もない。母は何に対し怒り出すか分からなかったが、ここではとても簡単なことだ。

 調整作業も、もう吐き気を感じない。それでも耐えきれない子もいるのだろう。昼食を摂る部屋の子どもたちの中には見かけなくなった子もいた。103になった日、神官に運ばれていた小さな担架を思い出す。


「……壊れなければ、いい」


 そうすれば、捨てられない。それが、ここで生きていくために必要なことなんだ。そう思うしか、なかった。


 ふと、視界の端で淡い光が動いた気がしたが、こんなところに精霊がいるはずないと、ユノはそのまま目を閉じた。明日もまた、同じ一日が始まる。



*****


 精霊は存在しない。おわすのは神のみ。

 それが、教会の教えだ。精霊が見えるというのは、神の冒涜にも等しい。だから正さねばならない。


 民は神の恩寵を求めている。必要なのは、神のお力を人の手で扱えるようにすること。

 精霊はいない。ならば、対話も契約も不要。意思などは必要ない。ただ、聖具の核となればよい。

 そのための精霊具だ。


 核を作るためには、元素に適合した石を使う。例えば、火の属性であれば、火山岩や赤熱した鉱石などだ。同じ属性の環境に囲われた精霊は、共鳴を起こし、逃げ場を失った力が一つの形に収束する。それが核となる結晶だ。そこに至るまでの工程は実に簡単である。

 探索。

 捕捉。

 固定。

 結晶化。


 最も重要になるのは、力に触れ続ける器だった。 器は精霊を視認でき、なおかつ感応性の高い子どもが望ましい。年齢が低ければ低いほど、個としての輪郭が薄く、精霊との境界も曖昧だ。その分、ノイズに耐え切れずすぐに壊れてしまうのが難点だが。


 その点、先日神のお導きで得た器は使い勝手がよい。被検体103。彼の血は、ノイズに耐えられる時間が長い。調整作業も適性が高い。


 それでも、長期運用には向かない。記録上は、そうなっている。


「次は、103を製造作業に回します」


 淡々とした報告。誰も異は唱えない。壊れても替わりはいるのだから。


 神の恩寵を望むものは多い。彼らの犠牲で、多くが救われるならば、それは正しい選択だ。神は沈黙している。 それが、我らに与えられた許しだった。


 それを疑う者はいない。

 だから今日も、民は救われる。

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