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名を交わす精霊の森  作者: 葉月
第二章 選択する日常

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第十一話 選択の結果

 少年はあまり眠れないまま、朝を迎えた。今日も町へ行く。昨日は警備隊に寄ったこともあり、買い物が途中になってしまったからだ。

 気分が晴れないまま朝食を食べていると、リアが声を掛ける。


「昨日のこと、気にしてる?」

「うん……やっぱり、余計なことだったかなって……」


 余計なことをするなと、母親にも神官にも言われ続けた。言われたことだけをこなせばいいと。やはり、自分の選択は正しくなかったのだ。

 少年が俯いていると、ミラが口を開いた。


「私もあなたを止めなかった。しかし、自分の選択に後悔はありません。あなたは間違ったことをしていないのだから」


 昨日、ミラは少年を傍で見ていただけだった。それも選択だ。止めることも出来た、けどしなかった。


「……そうだね。それに、誰も君に間違ってるって言わなかったよ」


 リアの言葉に、少年は昨日の出来事を思い返す。確かに、誰もはっきりと否定はしなかった。警備隊に話した時も、半信半疑といった形ではあったが、最後まで話は聞いてもらえた。

 自分のしたことが正しかったかは分からない。それでも間違っていなかったと言われることで、救われる気がした。


 町に着くと、リアはまた必要な物を買いにお店へと向かった。少年は昨日と同じく、露店を見て歩く。装飾品の店とは別の通りを歩いていると、独特の匂いが鼻をついた。この匂いは森で嗅いだことがある。薬草の香りだ。


 匂いの元を辿ると、そこには薬草を並べている露店があった。店には少年よりも幼く見える子どもが、具合の悪そうな顔で店番をしていた。並んでいる商品の内の一つ、袋に大量に入った若葉。森を歩いている時に、リアに教えてもらった薬草だ。


 その薬草は若葉の内に詰むと強い匂いを発するらしい。そして、その香りを長時間嗅いでいると、呼吸困難を引き起こすこともあるという。少年はその子に伝えるか逡巡する。思い出すのは昨日の出来事。


 毒ではない。なら、余計なことはしない方が良い。

 ミラと目が合う。光が微かに揺れた。


 自分の選択は間違いじゃない。そう思って踵を返したところで、後ろからバタンと何かが倒れる音がした。誰かの息を呑む音。

 そして――


「きゃあああ!」


 町の人が声を上げる。振り返ると、先程店番をしていた子どもが倒れていた。呼吸困難を起こしている、咄嗟にそう思ったが体が動かない。


「あ……」


 声を出そうとするが、喉が押しつぶされているようで、それも出来なかった。自分は間違っていないと、そう思いたかった。


「どいて!」


 そこにリアが現れた。どうやらミラが呼びに行ったようだった。町の人を押し退けながら、子どもに近づく。膝の上に頭を乗せると、横向きで寝転がらせた。服も呼吸がしやすいように緩める。


「あの、リア、それ……」


 やっと出た言葉。少年が指を差した薬草を見たリアは、サッと顔色を変えると慌てて袋の口を締める。


「お、おい、一体なんの騒ぎだ?息子に店番を頼んだのに、あいつは何してる!」


 少し席を外していた店主が戻って来たらしい。リアは薬草が入った袋を店主に押し付ける。


「これ、きちんと処理して。あなたも薬屋なら、若葉の香りは呼吸困難を引き起こすって知っているでしょう?」

「し、仕方ないだろ!?薬草の育ちが悪いんだ!若葉でも売らなきゃ、他に売れるものがないんだ」

「あなたの息子を犠牲にしても?」


 そこでようやく店主は自分の息子が倒れてることに気が付いたらしい。途端に青い顔をして、医者に見せると言って去っていった。

 リアは残された薬草に危険なものがないか確認する。少年はその間、ずっと立ち尽くしていた。


「……君は、気付いてたんだね」


 しばらくして、リアが戻って来た。責めるでもない、確認する声。少年は小さく頷く。


「僕のせい、だね……」

「君だけが悪いんじゃないよ」

「余計なことだと、思ったんだ」


 リアに心配を掛けてはいけないと思った。でもそれは、ただの言い訳だ。昨日のように怒られるのが怖かっただけ。そのせいで、子どもは倒れた。


「どうすれば、良かったのかな……」

「私を呼んで」


 その言葉に少年はハッと顔を上げると、リアの顔を見る。


「一人で抱え込まなくて良いの。周りをもっと頼って」


 リアはそう言って少年の手を握る。その手は小さいけれど、どこか逞しく感じた。少年は握られた手を見ながら、静かに頷いた。


 二人は買い物を続けるため、露店の通りを歩く。すると、昨日装飾品の店があった辺りに人が集まっていた。よく見れば警備隊の姿もある。近くにいた女性たちの噂話に耳を傾ける。


「ここで売ってたの、宝石じゃなかったんですって」

「何人か既に買わされてたらしいわねえ」

「鑑定士に見せたら、着色ガラスだったらしいわよ!」


 女性たちの会話にリアと少年は顔を見合わせる。そこに一人の警備隊が近付いてきた。


「君たち、昨日の子たちだね?ありがとう、君が教えてくれたおかげで被害は最小限に抑えられたよ」


 警備隊は少年を見ると丁寧にお礼を言った。その言葉に、少年は胸がいっぱいになる。自分は間違っていなかった、確かにそう思えた。


「また何かあったら教えてくれると助かる。最近は町人同士のいざこざも耐えなくて、目が行き届かないこともあるからね」

「……はい」


 少年は泣きそうになりながらも、何とか声を絞りだす。警備隊は満足そうに笑うと去っていった。


「……よかったね」

「うん、ありがとう」


 リアが微笑むと、少年も笑う。その拍子に、少年の目から涙が零れた。それは胸の奥に溜まっていたものが、溶け出したようだった。


 夕日で赤く染められた道を二人並んで歩く。黒い影が遠くまで伸びていた。その後ろをミラが光を纏いながらついて行く。


 今日あった出来事が頭の中を巡る。

 余計なことをしないと決めたこと。倒れてしまった子ども。宝石ではなかったと認められたこと。お礼を言ってくれた警備隊。

 どちらも自分で選んで得られた結果だ。結果は後からしか分からないが、それでも選ばなければならない。


 私を呼んでと言ったリア。一人で抱え込まなくていい、頼ってもいい。


 この胸の奥に抱えたものを、吐き出してもいいのだろうか。


「……リア」

「どうしたの?」


 リアが首を傾げる。いつの間にか辺りは木々に囲まれていて、精霊の光があちらこちらに見えた。森に帰って来ている。ここなら、勇気を出せる気がした。

 少年は一度深呼吸をする。


「聞いてほしい話が、あるんだ」

「……うん。聞くよ」


 これまで胸の奥に溜め込んできたものが、形にならないまま渦巻いている。それでも、聞いてくれる人がいる。少年は、逃げずに言葉にすることを選んだ。

薬草の知識は皆無なので、すべてフィクションです。

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