第十話 精霊なき町にて
今日は町へ出かけることになった。リアの体調はすっかり良くなり、作った薬を売って日用品をそろえる予定だ。
「森は町と違って寒いからね。しっかり防寒対策しないと」
今まではリアが父親の着ていた服を貸していたが、平均より小さめの少年にはだいぶ大きかった。体格的にはリアと同じくらいなので、初めはリアが自分の服を貸そうとしたが、それはミラに止められた。何でも、男にはプライドというものがあるらしい。
もちろん少年が自分で言ったわけではないのだが、世間に疎い自分よりも、長生きしている精霊の言葉を信じることにした。
「そういえば、ここには生活具はないんだね」
「……そうだね。君には見えてると思うけど、あれは精霊の力を使って動いているから」
借りる、ではなく使うとリアは言った。名を呼ばれるわけでもなく、ただ動力源として力を吸収される。少年はただ疑問に思ったことを口にしただけだったが、よく考えれば分かることだった。
「ごめん、変なこと聞いて……」
「ううん、気にしないで」
森を抜けると、途端に精霊の気配が遠のく。ずっと王都で暮らしていて、精霊が少ないことには慣れていたはずなのに、少年はどこか息苦しさを感じた。町に近付くにつれ、ミラの気配も薄くなっていることに気付く。
「町ではあまり話しかけないように」
「……うん」
町で精霊と話しているところを見られるとどんなことになるか、身をもって知っている。子どもの頃から奇異の目で見られることも多かった。
少年はミラを視界から外して、フードを深く被り直す。町に着くと、まずは薬屋へ向かった。
「いらっしゃい」
扉を開けると、様々な薬草の匂いが鼻をくすぐった。棚には瓶が並べられており、少年は興味深そうにそれを眺める。
「今日はお友達も一緒かい?」
「ええ、手伝ってもらってるの」
リアは少年から薬の入った籠を受け取ると、台に並べ始める。顔馴染みの人には直接売ることもあるが、今日は薬屋でまとめて買い取ってもらうことにした。価格は安くなるが、量が多い時はこうして薬屋に持ち込むことが多い。
棚を眺めていた少年は、無意識に薬瓶に手を伸ばす。倒れそうになっていた物の位置を直し、ついでにラベルを表にして見えやすくする。
「お、気が利くねえ。最近忙しくて、細かいところに気が回らないんだ。ありがとう」
店主がその様子に気が付き、目を細める。無意識にやった行動だったが、思いがけず掛けられた言葉に、少年は一瞬キョトンとした。胸の奥がじんわりと温かくなる。
リアもそんな様子を見て微笑んでいた。
それから店主は手馴れた様子で薬を確認すると、すぐに精算してくれる。
「いつも助かるよ。最近は薬草の成長が悪くて」
困ったように顎を撫でる店主に、リアは首を傾げる。ここでは気温を調整出来るので、安定して薬草が採れるはずだ。
「何かあったの?」
「どうも天候が荒れやすくてな。まあ、最近の生活具の不調には教会が動いてくれているようだから、じきに良くなるだろう」
教会という言葉を聞いて、少年の顔が一瞬強ばる。リアはそれに気付くと、すぐに話を切り上げた。
「それなら安心だね。それじゃあ、私たち買い物もしないといけないから」
「ああ、最近生活具の不調で商売がやりづらいって気が立ってる奴らもいるから、気を付けてな。ぼうず、しっかり手伝ってやんな」
「あ、はい……」
店を出ると、教会の鐘がなった。町の外れから、高く澄んだ音が聞こえてくる。その音だけで少年の足がすくむ。
鐘の音。祈りの声。そして、精霊の――
「大丈夫?」
俯く少年の顔を温かい手が包んだ。顔を上げると心配そうなリアの顔が視界に入る。
「あ……ごめん、ぼーっとして」
「……今日はもう帰ろうか」
リアに言われ、しかし少年は首を振った。手のひらから伝わる熱に、心もじんわりと温まる。
ここは教会ではない。リアやミラもいる。森に帰れば、精霊たちが出迎えるように周りを飛び回る。
「もう大丈夫。買い物を済ませに行こう」
「……うん」
まだ心配そうな顔をしているリアに、少年は笑いかける。その顔を見て、ようやくリアも歩き出した。
「それにしても、町の雰囲気がちょっと変だね」
リアの言葉にミラが同意するように微かに光る。周りを見ると、鐘の音に足を止め、教会に向かって祈っている人もいる。ここは教会も街外れにあるため、信心深い人は多くない。こんな光景を見るのは初めてだった。
「ここは教会の影響が少ないんだね。王都ではもっと祈ってる人たちがいるよ」
「そうなんだ……。私、王都には行ったことがなくて」
「そんなに良いところじゃないよ」
森を知って、さらにそう思う。王都では教会の影響も強く、精霊も少ない。精霊の見える少年にとっては、とても息苦しい場所だった。
「私は先に布を見てくるけど、君はどうする?あんまり遠くに行かなければ、この辺り見ててもいいよ」
先程から物珍しそうに露店を見ていたのに気付いてたらしい。少年は気恥しさを覚えながらも、その言葉に甘えることにした。
王都では店を構えていることが多く、露店が並ぶことは少ない。少年は周りを見回しながら、露店の並ぶ通りを歩く。
ふと、装飾品を売っている店を見かけ、立ち止まる。宝石ではなく、ガラスや磨かれた石のようだったが、それらは陽の光を浴びてとても綺麗だった。日頃のお礼にリアへ渡すことは出来ないだろうか、と考えたところで、自分はお金を持っていないことに気が付く。
少年が諦めて立ち去ろうとした時、一人の女性が石のはめられた指輪を手に取った。
「お客さん、お目が高い!こいつは西の鉱山でしか採れない希少な宝石でして!」
「あら、そうなの?」
女性は興味深そうにその指輪を眺める。少年も釣られてその指輪を盗み見るが、一目で宝石ではないとわかった。物心つく前から母親が沢山の宝石を持っていたため、目利きには自信がある。
「あの、それ……宝石じゃない、です」
少年がおずおずと声をかけると、店主の顔がみるみる赤くなった。
「なんだ君は!子どもに何がわかる!」
「え、えっと……その……ごめんなさい」
いきなり怒鳴られた少年は、その剣幕に驚き反射的に謝る。店主はすぐに女性の方に向き直り笑顔を浮かべた。
「いやあ、失礼しました、ご婦人。ほら、商売の邪魔だ、あっちへ行った行った!」
店主に邪険にされるように手を払われ、少年は逃げるようにその場を去った。余計なことをしてしまった、という思いが胸を占める。
先程別れた場所へと戻ると、買い物を終えたリアが待っていた。少年の落ち込んだ顔と、傍にいるミラを交互に見て、首を傾げる。
「何かあった?」
優しく尋ねられ、少年は先程の出来事を話す。
露店で見かけた装飾品は、全てガラスかただの磨いた石だったこと。宝石と偽って売ろうとしていたこと。指摘したら怒られたこと。
リアは黙って聞いていた。そして話し終えると、難しい顔で俯く。
「それは本当に宝石じゃないんだよね?」
「間違いないよ」
「そっか……でも、子どもの言うことだから、信じてもらえないかも」
「そんな……でもあれは……」
「うん、見過ごせないよね。とりあえず、警備隊にはその事を伝えておこう」
リアはそう言って、警備隊に事の次第を話した。警備隊が動いてくれるから分からないが、自分たちに出来るのはここまでだ。リアたちはそのまま帰路に着く。
俯きながら歩く少年がぽつりと呟く。
「僕、間違ってたのかな……」
「そうだね。やり方は間違っていたかもしれない」
そう返すリアの声に怒気が含まれていた気がして、顔を上げる。しかし、リアの顔に浮かんでいたのは心配の表情だった。
「あのね、薬屋の店主も言ってたけど、今本当に気が立っている人が多いみたい。さっきは大丈夫だったけど、こっちが子どもだと思って逆上してくる人もいるの」
「うん……心配かけて、ごめん」
リアに言われ、少年は深く反省する。良かれと思って、何も考えずに指摘したことが、こんなにも心配させる結果になってしまった。再び俯く少年に、リアはでも、と続ける。
「君の選択は尊重する。君の言葉に助かる人も必ずいるから。どうすれば良かったか、今度は一緒に考えよう」
リアの言葉に、少年は頷く。
もう心配はかけまい、と誓いながら。
どう考えても逆切れする大人が悪いですね。




