表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名を交わす精霊の森  作者: 葉月
第二章 選択する日常

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/26

第九話 静かな暴走

 昨夜の精霊のざわめきなど知らぬまま、少年は朝日に照らされて目が覚める。

 森は静かだった。木々の間には精霊が飛び交い、柔らかな風が吹いている。

 リアはまだ休んでいた。熱は下がっていたので、ベッドから出ようとしたところ、ミラがそれを許さなかったらしい。今日はゆっくり過ごす日にするようにと言い含めていた。


 少年は一人で外に出る。今日は少し雲が出ていて、風も弱かった。乾燥棚にはまだ湿り気を帯びた薬草が置かれている。

 リアは動けない。精霊に願えば、これも乾燥させてくれるだろうか。一人では呼ばないように言われていたため、あとでミラに聞いてみよう。

 そう考えながら、昨日教えてもらった精霊の名前を思い出す。


「風の精霊、シルファ……」


 声に出たのは無意識だった。願いではない。ただ名前を思い出して、口にしただけ。


 その瞬間、空気が変わる。一陣の風が吹いた。強い風が吊るされていた薬草の束を揺らす。


「え……なんで……」


 乾燥途中の葉が、ちぎれて宙を舞った。少年は呆然とその光景を見ている。立っていることが出来なくなり、地面に膝を着いた。風は弱まることなく、渦を巻いて小屋を取り囲んだ。


 薬草が風に煽られ飛んでいくが、少年にはどうすることも出来なかった。昨日は名前を呼んで、願いの言葉があった。ただ名を呼ぶだけでこんなことになるとは思ってもいなかった。


「シルファ!」


 小屋から飛び出してきたミラが、風に向かって呼び掛ける。次の瞬間、風は強引に抑え込まれるように歪み、流れが緩やかになった。宙を舞っていた薬草は、次々と地面に落ちる。ようやく風が収まった時には、小屋の周囲はひどい有り様だった。


「あ……ミラ……僕……」


 喉から絞り出した声は、ひどく掠れていた。手は強く握りしめられ、指先は白くなっている。


「ちがうんだ……名前……名前を呼んだだけで、願ったわけじゃなくて……」


 ようやく口から出たのは、ただの言い訳だ。役に立ちたかった。ただそれだけなのに。


「あなたのせいではありません。けれど、名前には重みがある。……あなたが呼ぶ時は、特に」


 少年は俯く。名前の重み。だからリアは、一人で呼ばないようにと言った。


「あなたは、精霊具……教会が聖具と、神の恩寵と呼ぶものを知っていますね」


 少年の目が見開かれる。ミラは伝えるべきか迷いながら口を開いた。


「閉じ込められた精霊の声。壊されていく音。あなたは、近くで聞いていたはず」


 少年の心臓がぎゅっと痛む。何も出来ず、ただその音を聞いているだけだった自分。今でも鮮明に思い出せる、忘れられない音。

 ミラはそんな少年を見つめる。その目には哀れみの色が浮かんでいた。


「あなたは精霊と共鳴しすぎる。それは危うい力です」

「共鳴……」


 その時、戸口から音がした。リアが扉から顔を出し、外を覗いている。


「何があったの……?」


 窓の外で吹き荒れていた風と、地面に散らばった薬草。何となく状況は察していたが、確認のために訊ねる。


「ごめんなさい……僕が、勝手に呼んだんだ……」


 ミラが説明する前に、少年が口を開いた。


「名前を、呼んでしまった……」


 一緒にいる時だけと言われていたのに。言葉の途中で、声が詰まる。怒られる、呆れられる、失望される。リアの顔を見るのが怖かった。


 リアはしばらく地面に落ちた薬草を見回し、そして静かに言った。


「そっか」

「約束、破ったのに……怒らないの?」

「怒らないよ」


 不安そうに聞く少年に、リアははっきりと断言する。少年の気持ちは、何となく分かったからだ。彼がいたずらに精霊を呼ぶはずがない。


「私がゆっくり出来るように、手伝ってくれようとしたんだね」

「……うん」

「その気持ちはすごい嬉しい。だから、今度は一緒にやろう」


 その言葉に、少年はようやく顔を上げる。今度という言葉に、こんな失敗をした自分でも、また一緒にやろうと言ってもらえた。それだけで救われる気持ちだった。


 リアは近くに落ちていた薬草の束を拾って、痛み具合を確認する。そして丁寧に土を払った。


「うん、これはまだ使えそう。こっちはちょっと葉が破けちゃってるけど、刻んで使えば大丈夫」


 その言葉を聞いて、少年も慌てて落ちていた薬草を拾う。それから三人は、静かに小屋の周りに落ちていた薬草を拾い集めた。


「よし、これくらいで良いかな」

「あの、リア。本当にごめんなさい」

「精霊も張り切りすぎじゃうことがあるんだね」

「え……?」


 今は本当の理由は知らなくていい。リアはそれ以上何も言わず、薬草を抱えて小屋の中へと入る。少年も慌ててその後を追った。残されたミラは、精霊が落ち着いていることを確認する。


 張り切り過ぎたわけではない。応えようとしたわけでもない。

 彼の力に、触れてしまった。


 ミラは王都の方角を一瞥してから、小屋の中へ入った。

精霊の暴走でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ