第八話 揺らぐ日常
その日は、朝からやることが多かった。薬草の仕分け、煎じ薬の仕込み、帳面の整理。
昨日の失敗もあって、少年は何度もリアに確認をする。
「これ、合ってる?」
「うん、合ってるよ」
「こっちは?」
「それも大丈夫」
朝から繰り返される質問に、リアはその度に手を止めて答える。何度聞かれても、笑顔を崩さず、邪険には扱わない。少年は大丈夫と言われると、安心した顔をして作業に戻っていく。そしてまた不安そうな顔でリアに尋ねるのだった。
お昼を過ぎた頃、一段落したリアは食卓の椅子に腰を下ろす。今日は朝からずっと作業台の前にいたので、少し疲れが出ていた。
「ふぅ……」
無意識にこぼれた息。同じくずっと作業を手伝っていたミラがそれに気付く。しかし、ミラが声を掛けるより先に、少年が声を掛けた。
「リア、大丈夫?」
「うん、今日はちょっとやることが多かったからね」
「ごめん、僕が何度も邪魔しちゃったから」
「君のせいじゃないよ」
謝る少年にリアは安心させるように笑う。教えることは苦じゃない。実際少年は物覚えも早くて、助かっている部分もある。
ただ、いつもより自分がしっかりしなくては、と気負いすぎている自覚はあった。でも自分なら大丈夫、そう言い聞かせた。
不安そうな顔をする少年に、リアは少し考える。こんな顔をさせたいわけではない。少年も無理して手伝っているのではないか、そんな不安も頭を過ぎる。
「じゃあ、午後は簡単な作業にする?」
「簡単?」
「うん、薬のラベルも作らないといけなかったんだ。これなら失敗しても書き直せば良いだけだから」
そう言って笑うと、少年もホッとした様子で頷いた。
午後は皆で黙々と作業をする。リアも午前中より集中して作業に取り組めたため、だいぶ進めることが出来た。キリのいい所まで終わって小さく伸びをする。
「……少し頑張りすぎでは?」
「やだなぁ、そんなことないって」
ミラの言葉にリアは笑って返事をする。しかし、その顔にははっきりと疲れが出ていた。それでも心配そうな顔で口を開こうとするミラを遮るように、リアは椅子から立ち上がる。
「そんなに心配しなくても大丈夫――って、あれ……?」
立ち上がった瞬間、目の前が一瞬白くなる。リアはふらりとよろけると、そのまま座り込んでしまった。
「リア! 大丈夫!?」
気付いた少年も慌てて駆け寄る。ミラはリアの顔色を見るとため息をついた。
「だから言ったでしょう」
「あはは……ちょっと、熱っぽいかもしれない」
へらりと笑うリアを見て、少年は覚悟を決めた顔をする。
「リア、今日は休もう」
「え、でも……」
「大丈夫、夕食の準備は僕がするし。肩を貸すから、立てる?」
「う、うん……」
今までどこか遠慮がちだった少年の変わりように、リアは戸惑った。有無を言わさずリアを立たせ、そのまま部屋に連れて行く。
残されたミラが呆気に取られていると、しばらくして少年が戻ってきた。その顔にはいつもと同じ、不安げな表情が浮かんでいる。
「どうしよう、ミラ。リアは大丈夫かな? 僕、何をすれば良いと思う?」
先程とは打って変わって狼狽える少年に、ミラはふっと笑う。誰かが弱っている時はつい強がってしまう、二人は似た者どうしなのかもしれない。
「まずは夕食の支度では? その後は薬茶をいれましょう。私が教えますから」
「そっか、そうだよね。うん、よろしくお願いします」
少年と一緒に夕食の準備をしながら、ミラは反省する。リアがここ数日、無理をしているのは分かっていた。それでも見守り続けることを選んだ。気付いていたのなら、もう少し早く声を掛けるべきだったのかもしれない。リアが素直に聞くとも思えないが。
「なかなか難しいですね……」
ミラは薬草を選びながらひとりごちる。その呟きはお湯を沸かす音で消えていった。
その日の夜は、少し精霊がざわついていた。
リアが無理をしてしまう回でした。




