第七話 自分の選択
昼前、程よく籠が満たされたところで小屋へと戻る。できれば今日中に洗浄して乾燥棚に置いておきたい。リアは先に乾燥させていた薬草を確認する。
「うーん……これはまだだめかぁ」
今日は風が弱かったためか、まだ乾燥しきれていなかった。これでは次の薬草を置くスペースがない。
「今日はあきらめるかな……」
思案するリアを見ながら、少年も自分に何かできないか考える。自分のやりたいことはまだわからない。それでもまずは自分のできることから始めたい、そう思った。
思い浮かぶのは先程の出来事。土から顔を出した精霊。願えば、力を貸してくれる。
「あの、リア……」
「どうしたの?」
「えっと……」
自分が口出ししても良いのだろうか。余計なことを言って怒らせてしまわないか。言おうか迷って口ごもる少年に、リアは優しく微笑みかける。
「大丈夫だよ、何か言いたいことがあるのなら言って」
その言葉に、少年は勇気を振り絞って口を開く。
「精霊に、力を貸してもらったらどうかな」
「精霊に?」
「うん……精霊は、願えば力を貸してくれるって……風の精霊なら、薬草を乾燥させてくれるんじゃないかなって、思った、んだけど……」
段々と自信をなくし、声が小さくなる少年の言葉に、リアは少し考える。普段はあまり精霊の力に頼らないように生活をしている。もちろん呼びかければ精霊は力を貸してくれるだろう。自発的に手伝ってくれることもある。
しかし、それを当たり前と思ってはいけない。
そう考えながらも、今は少年の選択を尊重したいと思った。
「そうだね、精霊の力を貸してもらおう」
その言葉に少年の顔がパッと明るくなる。自分の選択は間違っていなかったのだ。それが少し、少年に自信を与える。
「さっきの僕にもできる?」
「できるよ。でも今は一緒にやろう」
二人は薬草の前に並んで立つ。ミラはそんな二人の選択を口を出さずに見ていた。
「風の精霊の名前はシルファ。願うだけで、無理に力を借りようとしないで」
「分かった」
リアは目を閉じてシルファへ呼び掛ける。少年もそんなリアを真似して目を閉じた。
そして、復唱する。
「風の精霊シルファよ」
「風の精霊シルファよ」
「香りを守る穏やかな流れを、ここに」
「香りを守る穏やかな流れを、ここに」
「応えるなら、風を――」
「応えるなら、風を――」
二人が言い終えると同時に優しい風が薬草を揺らす。どうやら応えてくれたようだ。薬草の香りがふわりと漂う。
自分の願いが精霊に届いた。自分の考えを口に出して良かった。
選択して得られた結果に、少年は誇らしく感じる。
「上手くいったね。ありがとう」
「……うん!」
命令されたからじゃない。怒られないためでもない。
リアの役に立ちたかった。自分でも誰かの役に立てる。その経験は確かに少年の中に積み重なるのだった。
「あ、でもまだ一人で精霊を呼ぶのはなしね。私と一緒の時だけにして」
「……分かった」
少年は素直に頷く。二人は薬草を抱えると、小屋の中へと入った。
昼下がり、リアは作業台に向かっていた。先程精霊に手伝ってもらって乾燥させた薬草の束を広げて唸る。
「やっぱり結構量あるなぁ」
もう一人分の冬支度のため、薬を多めに作ろうとした結果、いつもより作業量が増えてしまった。これから薬草を仕分け、先程摘んできた薬草の洗浄もしなければならない。やることを指折り数えていたリアに少年は近付く。
「それ、僕がやってみてもいい?」
リアは顔を上げると、ぱっと笑う。
「お願いしてもいいかな?昨日やったやつだから」
少年はそう言われて薬草を見る。昨日の薬草なら覚えている。あの後もリアには見分け方を教わっていた。これなら問題なくできるだろう。
少年は早速作業に取り掛かる。形、匂い、色。頭の中で思い出しながら薬草をカゴに入れていく。リアは問題ないことを確認してから自分の作業へと戻った。
「……できた!」
しばらくすると少年の嬉しそうな声が聞こえた。リアは自分の作業を中断して籠を覗き込む。
一瞬だけ視線が止まった。少年の心臓がドクンと跳ねる。
「僕、何か間違えた……?」
「……んー」
「ごめんなさい……!」
どう言おうか迷っているような声に少年は慌てて謝る。やはり間違えていたのだろう。余計な手間を増やしてしまったに違いない。
しかしリアは怒るでもなく、ただ淡々と薬草を並べて違いを説明する。
「これね、形はよく似てるんだけど。ほら、ここ少し赤いでしょ?」
そう言って茎を指さす。釣られて少年も薬草を見た。
「半分くらいは合ってたよ」
「……怒らないの?」
「なんで? 最初は上手くできなくて当たり前、でしょ?」
リアは当然のことのようにそう言って笑った。失敗すれば叱責される、それが当たり前だと思っていた。けれど、ここでは失敗しても良い。少年は薬草を見比べて頷いた。
「半分も合っていれば上出来ですよ。リアが初めてやったときは全部間違っていましたからね」
「もう! ミラはすぐ余計なことを言う!」
子どものころの話は禁止! と怒るリアに何処吹く風のミラ。少年はその様子を見て、思わず笑みを浮かべた。リアとミラは顔を見合せて目を丸くする。
「……笑った」
「ご、ごめん! そんなつもりじゃなくて」
「リアの失敗の話なら、いくらでも聞かせてあげますよ」
「えっと、本当にそんなつもりはなくて――」
「だめ! ミラは口を開くのも禁止!」
その日、久しぶりに小屋には明るい声が響くのだった。
子どもの頃から知られてるのって厄介ですよね。恥ずかしい話は本人のいないところでやってほしいです。




