91話 トリガーハッピー?
ピソ様への説得(恫喝?)が完了してからさらに数日後。
帝都ローマの中で最も歴史が古く、建国の地とも言われるローマの七つの丘のひとつ、パラティーノの丘。
立体的な宮廷群の一角に未だ存在感を放つのは、皇帝ネロがローマ大火の後に己の欲望のすべてを叩き込んで建設した広大な宮殿『黄金宮殿』だ。
そんなローマでもトップクラスな巨大建造物の中に、俺は居た。
ちなみにこの宮殿は言わばネロ時代の象徴のような物であり、現皇帝ウェスパシアヌスは使用していないらしい。
むしろ政治的な事情により取り壊しが進められ、その敷地の一部は円形闘技場などの公共施設へと建て替えられつつある。
だが、そんな一部の取り壊しが進んでいるとはいえ、元々が広大なこの宮殿はまだパラティーノの丘でかなりの存在感を放っていた。
一方で、基本的には封鎖されていることや、宮殿内部の破壊そのものは特に行われていないことから、要人を軟禁するにはうってつけな建物だったりする。
そう、この宮殿は今、リエーティからひそかに移送された次期皇帝と目されているウェスパシアヌス帝の長男ティトゥス様を病気療養という名目で事実上軟禁状態に置くのに使われていた。
そしてなぜ俺がそんなティトゥス殿下が軟禁されている宮殿内部にいるかというと……。
「――つまりはおまえは、わずか数年で、私と共に築き上げてきたお前の兄ティトゥスの軍政両面の功績を超えることができると、そういうつもりなのか?」
「えぇ、すでにピソを通じて製紙事業という巨大な飴に元老院階級は食いつきつつあります、また水面下ながらダキア遠征への支持の下準備も……」
ドミさん、ウェスパシアヌス帝、ティトゥス殿下の三者密談に、何故か俺が同席してるからなんだよなぁ……。
どうして。
目の前では今まさにドミさんが父ウェスパシアヌス帝に自らを次の皇帝に指名するように迫っている。
ちなみにこの場にお嬢様は居ない。この場で出てくる話題はほとんどが政治談議なんだからお嬢様が出た方がいいと思うんだけど、流石にこの場にはふさわしくないらしい。
それを言うなら奴隷の俺があたかも当然かのようにドミさんの隣で控えているこの状況こそおかしいと思うのだが、この場にそれを指摘してくれる人は誰もいない。
俺をここに連行したドミさんはもちろん、皇帝であるウェスパシアヌス帝、そして自らの次期皇帝の地位が危うくなっているはずのティトゥス殿下でさえなぜか俺がここにいるのが当然かのように振る舞ってる。
おかしくない??
流石にこの雰囲気の中で俺がそれに突っ込むわけにもいかず、とりあえず誰かに質問されない限り特に何かを言う訳でもない置物に徹することにする。
そしてそれは正解だったらしく、俺を置いてけぼりに皇族3人の話は勝手に進んで行く。
「ピソ……内戦後は大人しくしていたピソが動いた、と?」
「もちろん私がこうやって正面から父上を説得するという条件付きですが、ピソを始めとする穏健派は既に製紙業を有限責任組合の設立許可業種に含める動きを加速させています。実際の工房もサギッタ家やウンブリキウス家の者が稼働を開始しており、冬にはローマに紙という新しい記録媒体が広まり始める事でしょう」
「パピルスに代わる新しい記録媒体……その『利益』から税を取れれば確かに帝国の財政にとっては尿税などとは比べ物にならぬほどの税収となることは明白、か……」
「そしてもう一つの策、活版印刷は皇帝金庫に直接利益が転がり込みます。……利益の一部からの税とは異なり、これはどれほどの収入となるかは父上であれば想像がつくのではないですか?」
「紙、そして活版印刷。お前の話を聞く限り、確かにほぼ確実にこの二つは近い将来に帝国全土に普及するだろう……情報の伝達速度が劇的に上がるということは、徴税の管理も、官僚組織の能率も一気に向上する、か」
「そして普及する過程で元老院議員どもの金を使って商人たちが稼ぐ利益は帝国の税収となる。その税収は莫大なものになるでしょう。ネロ帝の代でバランスが崩れていた税収が上向くということは、帝国が再び外に目を向けることができるということになる」
内政の成果に対しての議論についてはウェスパシアヌス帝は特に疑問を挟むことなく進み、税収の問題が解決できるというとっかかりを利用し、ドミさんは話を軍事へと傾けだす。
「そして、軍事行動への金の問題が無くなったところで『銃』です。この威力にはもはや父上も疑問はありませんよね?」
「そりゃあんなもんを見せられたら嫌でもわかるわい。……まったく、いきなり部屋のネロ像の股間を粉々にしおってからに……」
ドミさんの言葉にあきれ顔で返すウェスパシアヌス帝。
その視線の先には、部屋の奥にある股間のナニが粉々になった皇帝ネロの等身大の大理石像があった。
そう、つい先ほどウェスパシアヌス帝がドミさんが自信満々で取り出した『銃』に対して『なんだその鉄の筒は?』とあきれ顔で聞いた途端、どや顔でネロ帝の大理石像に銃口を向けてノータイムでぶっぱなしたのだ。
ピソ様の時の時と違い、威力を理解した上での暴挙に唖然とする俺。初めて聞く唐突な轟音に目を丸くするウェスパシアヌス帝とティトゥス殿下。
そして今回はわざとなので、余裕たっぷりで銃口から上がる硝煙に息を吹きかけて消し、再びのどや顔をするドミさん。
ドミさん、ちょっとトリガーハッピーになってないか? 大丈夫か次代の皇帝陛下(仮)。




