79話 おまえのせいだ
俺は大声をあげ、人をかき分けながらドラコさんとおっちゃんのいる列柱の方に進む。
「…………」
「……ルシ坊?」
しかし先に反応したのはフェリクスのおっちゃんではなく、その隣でうずくまっていたドラコさん。
「ドラコさんも無事だったんだね。ほかの奴隷のみんなは?マルクス様は?若様は?奥様は?」
「あ、あぁ……家の奴隷は、一旦ピソ家に連なる方の邸宅に身を寄せている。……だが奥様は途中で降ってきた噴石が頭に当たってしまって……残念だが、もう……」
「そんな……じゃあマルクス様と若様の方は!?」
「それは……その……」
俺の問いに戸惑いのまなざしをフェリクスのおっちゃんに向けるドラコさん。
もしかしてドラコさんもフェリクスのおっちゃんと合流したところでまだ聞いていないのかな?
そう思った俺は意識がどっかに飛んで行ってそうなフェリクスのおっちゃんの肩をつかむ。
「ちょっとおっちゃん!!おい!」
「おいルシ坊……今は少し……」
ドラコさんがなぜか俺を止めようとするが、俺もこれから忙しくなるのでゆっくりしている暇はない。
そのままフェリクスのおっちゃんの肩を強く揺さぶる。
「おっちゃん!!起きろコラ!」
「……………………ルシ坊、か……?」
すると、ようやくおっちゃんは俺に気が付いたようで、ゆっくりとこちらに顔を向けた。
その声は掠れた、ひどく老け込んだ声をしていた。
そして顔面は蒼白になっている。
噴火のあまりの惨状、そして奥様の容態により、呆然自失となっている様子だった。
無理もない。
この噴火で、ポンペイの土地財産はすべで文字通り灰燼に帰したといってよい。
そしてドラコさんと違い、フェリクスのおっちゃんはルクレティウス家の家財一切を預かる家財管理奴隷。
つまりフェリクスのおっちゃんとしては主家の財産が無になったという事実を正確に把握している故、こんな状態になっているのだろう。
しかしそっちについてはすでに俺が手を打ってるので、停止してもらっていては困る。
もう一つ、奥様の件は俺もショックだが、それはこの場で止まってよい理由にはならない。
泣いても状況は改善しないのだ。
「…………おっちゃん。呆然としてる暇はないよ?これから忙しくなるんだから」
「……あぁ……。そう、だな。……忙しく……なる、か?」
そう言って、またどこでもないどこかを見始めてしまうフェリクスのおっちゃん。
……今日はだめか。
とりあえずフェリクスのおっちゃんを再起動するのは後日に回してマルクス様と若様の居場所だけしまおう。
「で?おっちゃんマルクス様と若様は?」
「……!!」
俺が二人の所在を聞くと、おっちゃんは急に俺の方にグリンと首を向け、目を見開いて震えだす。
「おっちゃん?」
「……いねえよ」
「え?」
「二人とも、いねえよ……!ポンペイの灰の中だよ!!!」
そして声を震わせながら感情を爆発させるおっちゃん。
灰の中……?
…………逃げてないってこと!?
「なんで!?」
「……なんで、だぁ?」
俺が疑問を口にした瞬間、悲観の表情が吹き飛び、おっちゃんは一転、憤怒の表情を浮かべる。
「お、おいルシ坊……フェリクスも一旦落ち着けって……」
「黙ってろドラコ!!なんで!?なんでときたか!!よくいけしゃあしゃあと言いやがったな!?このクソガキ!!!」
仲裁に入ろうとするドラコさんを押しのけ、おっちゃんは俺の方に手を伸ばす。
「え?ぐっ!?」
そして次の瞬間、溜め込んでいた感情を爆発させるように、俺の胸ぐらを両手でものすごい力で掴み上げた。
「どうせ知ってたろ!?知ってたんだろ噴火が起こることを!お前は!!!じゃなきゃあんなもん作れねえよなあ!?」
おっちゃんが俺のトゥニカが破れそうになるほどに激しく揺さぶる。
血走った目で俺を睨みつけるおっちゃんの目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちていく。
どういうことだ?
BCP計画は確かに正しく機能していたはず。それはフォルトゥナータさんからの情報で裏もとれている。
何でそれでフェリクスのおっちゃんがここまで激高しているんだ?
「BCP計画が正常に機能していたなら、マルクス様や若様だってすぐに避難をしたんじゃないの?」
「逆だ馬鹿野郎!!!」
「逆?」
「お前はデキムス商会の、いやデキムス商会とウンブリキウス様のポンペイ内での影響力を正しく認識してないのか!?ポンペイの誰に聞いても機を見るに敏と認めるお前らが工房放棄を即断したんだぞ!?パニックにならないと思うか!?」
「あ……」
「都市参事会の連中はお前の工房がもぬけの殻になったのを知った瞬間に我先にと逃げ出した!!そんな貴族連中の動きを見た市内は完全にパニックだ!『もうこの街はお終いだ』ってな!」
おっちゃんの言葉に俺は血の気が引く。
ポンペイおける、俺とデキムス商会、そしてアウ爺の影響力。
そしてそれらの行動が災害時に与える影響。
完全に思考の外だった。
急激にローマで頭角を現す新進気鋭の商会であるデキムス商会に、ポンペイの主要産業である魚醤生産のかなりの割合を占めるポンペイ財界の雄、ウンブリキウス。
この2社が都市放棄を即断することの影響力を、俺は全く考慮に入れていなかった。
現代日本で例えるなら、愛知で災害が起きた結果、世界首位の某自動車メーカーが東海道の拠点放棄を即断するようなものだ。
パニックにならないほうがおかしい。
「その結果がこのざまだ!北の出入り口、エルコラーノ門には人が殺到して人が人を押し殺す地獄!市内は市内で終末が訪れたと思った奴らが暴徒化して地獄!まさにポンペイは飲み込まれる前に地獄そのものになったんだよ!」
「で、でも城壁外の避難者を見る限りかなりの人が逃げれてるじゃないか……!!!」
「あぁ、あぁ、そうだな!マルクス様と若様が唯一ポンペイ騎士階級として市内にとどまって治安の回復をして、最後まで避難誘導を行ったからな!!ルクレティウス家の名を地に落とさないためにな!!!そう、最後の最後、黒い灰の濁流に飲み込まれるその瞬間までなあ!!!!」
「そんな……で、でもギリギリで脱出している可能性も」
「そのギリギリで脱出するための迎えの船への伝令が俺で、その船の上でポンペイが飲み込まれる瞬間を見たから間違いないんだよ!!これで満足か?あぁ!?」
「じゃあ……本当に……」
「そうだよ!……お前のせいだ!お前のせいで若様とマルクス様は死んだんだよ!」




