73話 それって俺が聞いて良いやつ???
久しぶりのまとまった自由時間で技術チート3連続生産をしてから、早1か月半。
俺は去年と同じく、プッさんにリエーティの別荘に招待され、日々知識を吐き出していた。
昨日はマオウからエフェドリンを単離(※)して、それを自分自身で試そうとするプッさんを全力で止めるなどしていた。
※合成法を脳内リスナーに説明しようとすると脳内動画投稿サイトからBANされるような内容なので合成法は説明しない。
そんなわけで絶賛今世二度目の避暑を満喫したり満喫しなかったりしている今日この頃。
「あー……ティトゥス様がやる気出して、早くダキアを滅ぼしてくれないかなぁ」
今日の俺は見知らぬ土地への呪詛を吐きながら、テーブルに突っ伏して絶賛脱力中だった。
理由は3連続チートの中でもお嬢様の万一への対策として、割と重要度が高い石油精製がすぐに着手できそうに無い状況ということが判明したから。
情報源は昨日の訪問者だったプッさん。
雑談の中でルーマニア――ダキアの話が出てきた結果、ダキアがローマの版図にまだ入っていないことが判明したのだ。
しかも版図に入ってないだけならまだ金に物を言わせた交易の芽があったのだが、現状のダキアはなんなら川を挟んだ向こうから時折略奪しに来るわ、基本的な関係が略奪ありきの蛮族経済なので小規模な交易がせいぜいで安定供給は絶望的だわで、基本ダキアを滅ぼさないと石油の入手は難しそうなことが分かったという次第。
うーん。何とかして1年以内に滅ぼせないだろうか。ダキア。
石油精製もそんなにとんとん拍子にうまくいくわけがないので、猶予期間を考えるとそれ位には滅んでほしいところ。
「もーまたルシウス君物騒なこと言ってるー。来客だよ~」
そんなことを考えていると、後ろからルシアの気の抜けたあきれ声。
「来客?」
「今日の順番はドミティアヌス殿下でしょ?もう広間にはお通ししたけど、ここに案内してもいい?」
「あー……わかった。お通ししちゃって」
ルシアの言葉に俺はうなずいて、ドミティアヌス殿下を迎えるために姿勢を正す。
ダキアについての問題はまたあとで考えよう。
そう頭を切り替えるのと時を同じくして、ドミティアヌス殿下が俺がいる中庭のテラスへやってくる。
「先週ぶりだなルシウス。……眉間にしわが寄っているが、プリニウスからまた何か厄介な宿題でも貰ったのか?」
「あー、いえ。ちょっと欲しいものがあるんですが、辺境の蛮族の地でとれるものでしてなかなか……」
「そうか。ローマは広くなったとはいえ、まだまだローマの威光にひれ伏さぬ蛮族は多いからな」
「まあ、私の話はとりあえず置いておきましょう。確か事前にご連絡いただいているものですと、先日お話しした『証券取引所』の具体的な決済の仕組みについてのご質問でよろしかったでしょうか?」
「……いや。その話も後日聞きたいのだが、今日は少し、予定を変えたい」
気を取り直して事前にドミティアヌス殿下から聞いていた、今日教えて欲しいと連絡されていた内容を確認する俺に対し、ドミティアヌス殿下はどこか重たい口調で切り出してくる。
「と、いいますと?」
今日使う予定だったパピルスを開く手を止め、顔を上げて殿下を見ると、来訪時は気づかなかったが、どことなく疲労をにじませた顔をしていた。
目元を見ると隈がうっすらと浮かんでおり、寝不足でもあるようだった。
「……すこし込み入った話になる。人払いをしてくれるか?」
「……?えぇ、わかりました。ルシア、ちょっと中庭の周りから人払いをしてもらえる?」
「ん?おっけー」
丁度俺と殿下のためにカモミールティーを持ってきたルシアに人払いの依頼をし、ルシアが中庭のあちこちにいる奴隷さんたちに声をかけ、少し待つと中庭には俺とドミティアヌス殿下の二人だけとなる。
「すまぬな。かなり内密に話さなければいけないことなのでな」
「かまいませんが……ここまで人の耳を気にされるような話題って、何なんですか?」
「……昨日のことだ。アクアエ・クティリアエで、父上と兄上が大喧嘩をした」
……それって俺が聞いて良いやつ???
帝室内の、それも現皇帝と次期皇帝の大喧嘩とか穏やかじゃないな。
「原因は……ユダヤ王女、ベレニケのことだ」
「……あーーーーー」
ドミティアヌス殿下の口から語られた大喧嘩の原因に、俺は未知の秘密情報ではなかったことへの安堵半分、とはいえ大喧嘩の情報そのものは極秘情報なのでそんな情報投げてくんなよの感想半分で、ため息を漏らす。
ユダヤ反乱を制圧し、父ウェスパシアヌス帝と共に数年間の執政官経験があり、次期皇帝として盤石な地位にあるティトゥス殿下。
だが、そんな彼の不安要素として有名なのがユダヤ王女、ベレニケとの関係だった。
被征服地の王族が皇帝の事実上の配偶者になる。
それはどうしてもクレオパトラの再来をよぎらせ、ローマ人にとっては激しい拒否反応をおこすのだ。
当然、ウェスパシアヌス帝はその関係の解消を迫っていたのだろうし、ティトゥス殿下はそれをのらりくらりと躱していたのだろう。
しかし、その時間稼ぎも限界を迎え、爆発したというわけだ。
『私の次に皇帝になろうという者が国を危うくする女を側に置くなどならぬと何度言えばわかる!?いい加減にベレニケとの関係は清算し、東方へ送り返せ!!』
『弟ドミティアヌスは愛に殉ずることを許されたのに、私にはそれが許されないというのですか!』
『ドミティアヌスとお前とでは相手も立場も違うだろうが!!』
『違わぬではないですか!あいつの略奪婚だって一歩間違えばローマが危うかったではないですか!』
ドミティアヌス殿下の目の前でそう言い合う二人を何とかなだめたものの、朝になっても妥協点は見いだせず、結局ティトゥス殿下をネルウァ様の別荘に一時的に向かわせることで物理的に距離を一旦置くことになったらしい。
なんと俺の所にくる少し前とのことだ。




