70話 蔡倫紙・改!
はいそんなわけで敬愛(?)するルクレティウス家を没落させないために押し付ける技術チート1個目!
じゃじゃーん!蔡倫紙・改!
え? そこは活版印刷だろって?
まあもちろんそれもやりますって。
というか技術チートその2が活版印刷な訳ですが、その前に紙から着手しなければいけないのには理由が何個かあるんですなあ、これが。
理由その1。
活版印刷、パピルスでもできなくはないが、非常に効率が悪いんですよ。
パピルスって構造的には布みたいなもので、現代人にイメージしやすいもので言うと、麻袋とかそんな感じのものに近い。
要はペンでなら文字を書けるが基本的な構造は布なので、表面がデコボコしており、プレスで文字を印刷するのには不向き。
そんなわけで紙づくりからスタートする必要があるわけですね。
理由その2。
政治的にも家業にしやすい。というか上がやれって多分いう。
忘れがちだが、我がルクレティウス家はピソ家が実質的な庇護者。
ピソ家と言えばカンパニア地方では巨大図書館パピルス荘で有名な、何かと記録媒体に縁がある家でもある。
紙を見たら……まあほぼ乗ってくるだろうね、ピソ家。
させられるだろうね、家業に。多分ほぼ強制で家業にさせられるんじゃないかな。
そして最後の理由は金。
儲かるんですよ。紙。
なにせこの蔡倫紙・改、材料は亜麻のぼろ布、灰、動物の皮や骨や軟骨、そして活性炭とミョウバンに適当な酸性材料。
ミョウバンや活性炭、シトロン果汁や白ワインビネガーなどの酸性材料こそ、ちゃんとしたものを仕入れる必要があるが、使う量は相対的に少なく、残りの材料はほぼゴミである。
そして主材料であるぼろ布は、石鹸の供給などの関係で洗濯組合とすでに非常に仲が良いため、実質的にほぼ無制限に、かつ安価で供給を受けることができる。
その上、製紙業は労働集約をしやすい大規模資本向きの産業なので、ポンペイ噴火後の難民の雇用すら創出できちゃう!
そして大規模産業は、通常の小規模工業とは異なる種類のノウハウが必要になってくる。
具体的には分業化、品質管理。
会計的には製造差異勘定による生産性分析など。
ルクレティウス製紙工房が成功すれば、当然元老院は製紙業の有限責任組合を解禁するだろう。
しかしその時に大規模工場の運用に必要なノウハウを持っているのはルクレティウス家のみ。
うん、どう考えても後発組はルクレティウス家の資本と、それに付随して入ってくるノウハウ、欲しくなるよね。
そんなわけで寄り親からの協力もほぼ得られそうで、後々ルクレティウス家を製紙王に君臨させられそうな蔡倫紙・改を第一手に定めた次第。
そんな感じで説明も終わったところで、早速(ぼろ布を)捌いていくぅ!!
そんなわけでここはアウ爺に作ってもらった、テスタッチョ地区の倉庫街にある俺の実験場。
材料はさっき説明した通り、亜麻のぼろ布、灰、動物の皮と骨と軟骨、活性炭、ミョウバン。
まずはぼろ布を灰汁に漬け、煮込む。これで軽く漂白がされて白~クリーム色になり、繊維もほぐれる。
煮汁は捨てずにそのまま動物の皮と骨と軟骨を漬けるのに使い、一時脱臭を行う。
そして灰汁を捨てたら動物の皮と骨と軟骨を再度大なべに入れ、煮込んでゼラチンを抽出する。
所謂煮凝りと同じ作り方と思ってもらえば大体あってる。
そして煮出した汁は、活性炭でろ過しながら固める。
次に先ほど漂白したぼろ布をシトロン果汁や白ワインビネガーなどでphを中性に調整をした上でしっかりすすぎをした後、石工職人と木工職人を酷使して作った流れるプールのような叩解機、ホレンダービーター式叩解機でパルプスラリーという中間品にしていく。
もちろん人力でやっていては労力がかかって仕方がないので、水車動力式だ。
灰汁のアルカリによって漂白と同時に繊維がほぐれているぼろ布は、数十分程度で完全にパルプスラリーになる。
ぼろ布がパルプになったら、いよいよ紙に成型していく工程となる。
皆、和紙を作る動画とか見たことある?
ある人は、そこでなんかでっかい四角い木枠に白い液体をフリフリしている工程を見たことがあるのではないだろうか。
あれがいわゆる紙漉きの工程となる。
とはいえ人力でやるのは面倒なので、これもローマの木工職人と鍛冶職人を酷使して連続抄紙機を作った。
やっぱり持つべきは安定取引を人質に無茶を聞かせられる職人集団だよね!
『手回し遠心分離式蜂蜜抽出器機』の大量生産で、木工職人も鍛冶職人と長期契約をしているのが意外なところで役になった。
親方レベルの熟練工をこき使えるのマジ便利。
この連続式抄紙機は水車のような構造から一定量のパルプスラリーをすだれに投下し、ループ式の真鍮製の抄紙網のコンベアにパルプスラリーが落ちることによって一定間隔で材料が平らにならされ、水気を帯びた紙が形成される。
その後コンベアからつながった状態のままの紙をローラー式の脱水機に入れ水気を取り、そのままゼラチンを温めて溶かした『ミョウバン入りのゼラチン液』の中に投下。
これにより紙にゼラチンが浸透し、にじみが少なく、書き心地も良くなる。これをサイジングという
ただゼラチンの浸透量によっては完成品でやりたい活版印刷で使いづらくなるので、この後の再脱水工程に、かける圧を調整してゼラチン量を調整する。
そしてゼラチンを脱水機で適量に調整した後は、ふいごを使った温風送風機により乾燥を行い、水分が飛んだら巻き上げてロール紙の完成。
なおふいごもクランク機構を使って水車につなげているので、ほぼ自動。
この機械一式で、パルプスラリーの工程を担当する人、抄紙機を担当する人、ロールの切り替えを担当する人の3人がいれば、理論上日産
96巻、月産2400巻ほど作れる計算になる。
そして1巻当たりの製造原価は大体4アス程度。
ちなみに製造原価の中で人件費と同等レベルでかかるのが真鍮製の抄紙網のメンテ費用だったりする。
今の古代ローマの技術だと週1メンテしないとひと月で壊れるからね。仕方ないね。
……一瞬脱線したが、これで作れる紙質はいわゆる上質紙に該当する。
パピルス1巻の値段が低級品でも1デナリウス、中級品で5デナリウスと考えるとなので、利益率50%で売ったとしてもこの紙の売価は2セステルティウス。つまり0.5デナリウス。
つまり中級品レベルの品質の紙を10分の1の値段で市場に投下することになる。
ちなみにこれは機械1台、熟練工3人で月産2400巻だ。
改良を重ねてこれを大規模化、または単純に機械と人員を増やせば?
1工場で製造量数十倍、月産数十万巻は不可能な話でもない。
製造原価も試作品での試算段階でこれなので、量産時にはぐっと下がると思われる。
控えめに言ってやばいね。
でもルクレティウス家の没落を防ぐためには仕方ないね。
なんか政治的にやばい気もするけど、そこは政治が得意な人(若様かマルクス様)に任せようね。
「というわけで蔡倫紙・改!完成!」
脳内解説動画で説明しながらの機械の試運転。アウ爺からこの研究施設の労働力として貸してもらっている屈強な奴隷さんを使って作った初期ロットの2本の蔡倫紙・改(仮)が俺の前に現れる。
そのうちのサイジングを強めにした一般的なパピルスの巻物程度の太さにまかれた方のロール紙を開き、ペンで水性インクをとって文字を書く。
「Salve Mundusっと」
布に直接書いた時のようなにじみが出ることもなく、きれいな文字がそこに書きあがる。
蔡倫紙・改(仮)の発明と設備設計を同時並行で行ったが、上手くいったようだ。
ローマ中の腕利きの木工職人や鍛冶職人、金細工職人を酷使しただけあった。
ちなみに職人への工賃だけで軽く1万セステルティウス程度は溶かしている。
特急デスマーチだったからね、ちゃんと対価は払わないとね。
そんなわけで紙、完成!
これは敬愛(嘘)してやまない主家、ルクレティウス家の名前からとって、ルクレティウス紙と名付けよう。
じゃあ紙もできたし、次は皆さんお待ちかねの活版印刷にぃ~~~行ってみよう!!
パピルスとエジプト:
古代ローマにおいて紙と言えパピルスだが、その多くはエジプト近辺、つまり皇帝属州で作られていた。
つまり皇帝属州の重要な収入源であり、所謂戦略資源の一つとしても数えられるほどに重要な扱いを受けているのがパピルス。
一方でパピルスは価格が高く、それにより行政コストが圧迫されているという一面もあった。
そこに公文書で使える上質紙のコストが9割引きになるルクレティウス紙の登場ですよ。
ちなみにルシウスが作るルクレティウス紙、両面に書けるので実質的なコストは9割引きどころではなく95%OFFだったりする。
やばいね。




