129話 疫病から人々を救って名声を稼ごう![2/2]
『神の啓示』と、元々ルシアが持っている『高潔』の評判を最大限に利用し、俺の補助という形で一緒に現状の疫病罹患者への治療に参加する事をディオスコリデス様に承諾してもらい、ルシアを病棟に投入。
投入の効果は、すぐに表れた。
現代基準、しかも医師水準でのルシアによる治療方針の判断は、俺とは段違いだったのだ。
そして俺が大学内の学者や学生を動員してスルファドキシンとスルファグアニジンの合成方法を確立している間にルシアには現代医療知識チートで大学所属の医師をタコ殴りにしてもらった。
「だからまず瀉血は一旦やめましょう? 比較するまでもなく少なくともマラリアと赤痢に効果がないのはもう数字が証明してるでしょう?」
「だがなルシア嬢、四体液説は医学の基本的な考えで、特に今回の疫病でも重要な治療方法だぞ? 『悪い虫』が実際に身体を結ばんでいることが分かった今、ケルススの医学論から考えても『悪い虫』を身体から排出するのは理にかなっているだろう?」
「まず血を抜くだけの瀉血でその『悪い虫』が全体のどれだけ輩出できるんです?」
「だが……」
「実際に輸液で効果は出てますよね? そして瀉血は効果が出てないですよね? じゃあどちらをやるべきかは明確ですよね?」
「ルシア嬢の言うことは正しい。過去の賢人の知識は確かに重要だ。しかし神ではない。間違うこともある」
「……ディオスコリデス様がおっしゃるのであれば一旦は従いましょう」
こと治療に関して、腹を括ったルシアは一切の妥協を許さなかったので一部の医師とは険悪な雰囲気となったものの、学部長であるディオスコリデス様が味方に付いたことによってごり押しを行っていた。
しかし、そうすると面白くない面々もいるわけで……。
『なんだあのルシアって娘は……所詮ルシウス殿の妾の分際で我らを顎で使いおって』
すぐに一部の医師たちはルシアを敵視するようになった。
……が。
『だが、彼女の治療によって回復した患者は多い。特に重症患者はディオスコリデス様ですら彼女に判断を仰ぐ状態だ』
『と、いうか感染の危険が高い重症病棟にずっと詰めてるだろ彼女、いつ家に帰ってるんだ?』
『ワシ、このまえ重症病棟の夜勤担当だったんじゃが、直前の担当の弟子に聞いたらその時も居たって』
『え? 私はその前日の担当だったがその時も居たぞ』
『私、その前日だけど居たんだが』
『……もしかして……帰ってない?』
『マジ?』
『……お主ら、同じことできるか?』
『……研究じゃなくて治療をだろ? しかも生き死にが関わるマラリアと赤痢の。無茶いうな』
『『『……』』』
『『『効果が出ているうちは……従うか』』』
そして険悪な雰囲気となっていた一部の医師のルシアへの態度もルシアの覚悟のきまった治療方針によって徐々に軟化。
中程度の症状の患者は正直それほど差はないのだが、重症患者への対応についての効果は歴然で、ディオスコリデス様からの医療知識について信頼を得るのに数日と時間はかからなかった。
「ディオスコリデス様!! スブッラ地区で赤痢と思われる患者が大量に発生しています!」
「やはり来たか……!!」
そしてディオスコリデス様からの信頼が他の医者に派生できるかも、と言ったくらいのタイミングでちょうどマラリアと赤痢の爆発が発生。
「ど、どうしますかディオスコリデス様!! 患者数は今集計中ですが明らかに治療できる数を超えています!」
「しかしこの病院でなければ輸液は行えないぞ!?」
初めての近代医療体制(つまりこの疫病がどれだけヤバいレベルなのかが見える状態)でのパンデミックを前に混乱する医師たち。
「落ち着け! こういう時のためにあらかじめトリアージという方法を少年ルシウスが用意している!」
「初期トリアージはルシウス君が、赤布の重症患者は流行が収まるまで私が全部見るよ」
「「「ルシア嬢……!」」」
「トリアージ実施に異議がある人は?」
「……」
そんな彼らを前にトリアージの導入と重症患者を全部自分で見るという指針を出したルシアに異を唱える者はいなかった。
「すでにルシア嬢の能力に疑いを持っている者はこの病院内には居ないな? 私はもう疑っていない」
最終的に、ディオスコリデス様の一言が決め手となり、治療の主導権がルシアに渡る形となった。
◇
そんな、かなり強引になし崩し的な形で主導権を奪取したルシアが表に立ち、全体的な指揮はディオスコリデス様により実施される形で始まった疫病との闘いが始まってから一週間。
疫病対策の最前線となった黄金宮殿大学全棟とその隣に位置するフラウィウス円形闘技場は、その全体が疫病対応の病棟に転用され、ローマ中の医者を集約して疫病対策に追われていた。
その狂乱の中心、黄金宮殿大学病棟の俺とルシアのために用意された執務室兼宿直室で、俺はぼろ雑巾の様に長椅子に沈み込んでいた。
「まーじでローマ人いうことまったく聞かねぇ……」
トリアージタグ勝手に変えるわ服用量守らないわ勝手に服用止めるわ……。
黄金宮殿大学の病棟内の医者はルシアにフルボッコにされたせいか、一部のトリアージタグを勝手に変えたアホのほかは多少マシになってはいるが、軽症患者を担当している市井の医者はマジで言うこと聞かない。
人の生き死にがかかってるんだぞ分かってんのか。
「いや、ぽっとでの私が短期間でこれだけ強権を振えているだけでも十分御の字だよルシウス君」
俺の愚痴に対して関係者をかばう返答をするルシア。
「そう?」
「ドミティアヌス帝……今はまだ殿下か、が全力で制裁してくれてるから大体は致命的な状況にはならなそうだしね」
ルシアの言う通り、市井の医者の方はドミさんがディオスコリデス様と一緒に近衛隊を引き連れて嬉々として制裁 (物理)して回ってくれているから徐々に改善しているし、トリアージタグを変えたのがバレたのに悪びれなかったアホも青筋を浮かべたドミさんにタコ殴り(物理)にされて病院からたたき出されて以降は発生していないので状況が悪化する前に解決できる問題とはなっている。
「でもなぁ?」
「もともとクロロキンからSP合剤への切り替えの抵抗で下手したら万単位で死ぬと思ってたし、赤痢もスルファグアニジン間に合わなくて私の治療範囲だけしか回復率の改善見込めないって思ってたもん」
「さすがにそこまで悲惨な状況になったらいうこと聞くんじゃ……」
「悲惨な状況になったら自分の非を認めずに『お前の所がうちの患者呪ってるだろ』『これは薬ではなく毒薬だ!』で焼き討ちしてくるのが人間の行動パターンだよルシウス君」
続けて物騒な情報を出してくるルシアに俺はドン引きする。
「いや、流石にそんな事をやるわけ……」
「だといいねぇー……」
なんか妙に実感のこもった声で闇深情報を提示してくるルシア。
自称医療系配信者なルシアだが……なんとなく結構深い領域の医療関係者な雰囲気をちょくちょく感じる。
実感を持って病院焼き討ちをイメージできるって君どういう経歴なの?
「それよりルシウス君! 検証だよ検証!!」
ドン引きしている俺をよそに、ルシアは今回の聖女ムーブの本来の目的を検証しているようだった。
今回のパンデミックによって、人づてに入ってくる情報だけでも今やルシアの名前をローマで知らない人はいない状況になっている。
この時代にはまだ聖女という概念は存在しないのでルシアが言うように聖女化されているかまでは分からないが、それでも信奉者が出ているのは明らかだった。
さて、では検証の結果は果たして……。
「あぁ~~~肝膿瘍の切開排膿手順が脳内で精微な知識として入ってくるぅ~~!! きンもちいぃ~~。え? 破裂した脾臓の摘出まで!? 嘘嘘そんな知識はいらな、あ、入った。……こんなの私、天才外科医になっちゃうよぅぅぅ」
結果を聞こうかとルシアの方を見ると、何故か恍惚の表情を浮かべつつ脳内に入ってきた知識の感想を言うルシア。
「その様子だと、成功したっぽい?」
「パンデミック前は全然わかんなかった外科系の知識がばっちり。というかサブスペシャリティ領域の知識も一瞬で入ってくるよこれどうなってるの? マジヤバ脳汁でまくる!!」
「そんなに?」
「セックスなんて目じゃない快楽だよこれ!!」
「お、おぅ……」
どうやらルシアは、前世の気質は知識の習得に性的興奮を覚えるタイプの興奮を覚える系の変態さんだったようだ。
興奮冷めやらぬルシアを一旦無視し、検証結果を考える。
今回それほど治療活動そのものであまり活躍していない俺は、さほど新規知識のPOPはしていない。
これらをまとめるとある程度法則が見えてくる。
つまり俺、ルシアそれぞれに好意を向ける、または信奉する人が増えると、それぞれ一定のラインを超えた段階で知識がPOPしてくるということだ。
ということは結論としてはこうなる。
【結論】YouTubeで登録数ごとに盾がもらえるノリで信奉者数に応じてコラボした配信者の知識がゾルっと生えてくる
【結論2】コラボ相手のルシアさん、医療知識で興奮するタイプの変態だった
ひとつもやもやした疑問が解決してすっきりした俺は、次のトリアージの前に仮眠をとるため、俺より睡眠時間が短いのにもかかわらず目を血走らせてカルテを漁るルシアを片目に、意識を落とすことにした。




