124話 ポンコツの遺伝子
とりあえずデキムスさんに言った通り、近くのプラエネスティーナ街道への始発点である市外東側にある水道橋のアーチ橋下に向かうことにする。
「とりあえず鉄道で行ったほうが早そうだな……」
そう思った俺は、黄金宮殿大学の庭園の前を走る市内鉄道から移動すべく庭園を横切って黄金宮殿前駅へと足を進めた。
今月に入って全面開通したこの鉄道はキルクス・マクシムスを始点として複数の簡易駅が設置され、市内を半分横断するように通っている。
立札とベンチ、そして切符を販売する駅員用の掘っ立て小屋だけという簡易な駅舎に入ると、アーチ橋下行きの列車が駅に到着するところだった。
機関車と簡単な屋根付き客車の二両編成という、どちらかというと都市内鉄道というよりは路面電車の趣が強いが、現状移動手段としては一番早いこともあり、今の時間帯はほぼ満員に近い乗車率。
「あれ?」
そんな到着した列車を眺めていると、列車から降りる乗客の中に、ルクレティアお嬢様の姿があった。
「あらルシウス。どうしたのそんなに焦った様子で」
「ルクレティアお嬢様……実はルシアが――」
ルシアが高熱を出して倒れたということは、デキムス邸に同居しているルクレティアお嬢様も把握しているはずなので、俺はルシアが失踪したことのみを伝えようとする。
「ルシア? あぁ、さっき見たわよ。……昨日あんな高熱で倒れたのに、翌日でなんであんなに元気なのかしらね」
が、それはルクレティアお嬢様の何気ない言葉によって中断することになる。
「っ! ルシアがいたんですか!?」
「え? えぇ」
「どこです!?」
「……さっきティトゥス浴場に行ったとき居たわよ? なんか妙なハイテンションだったけど……」
ティトゥス浴場は黄金宮殿の隣、ここからだと500メートル程度か。
走った方が早いな。
「ありがとうございます!!」
「ちょっとルシウス!?」
「説明は後で!」
後ろで聞こえるお嬢様の声に振り向く暇もなく、俺は列車を待つのをやめてそのままコロッセオの方面に走り出した。
◇
「うぇ……普段そんなに運動してないから全力疾走キッツ……!!」
500メートル全力疾走を終え肩で息をしながら目的地まで到着した俺。
目の前には黄金宮殿の斜め向かいに位置するフラウィウス円形闘技場前の広場。
そして闘技場の正面には、ティトゥス殿下が市民のために建設した大浴場『ティトゥス浴場』。
この時間は確かちょうど男女の入れ替えの時間のはず。
そう考えながら呼吸を整えつつ広場を見回すと、広場には女性の姿が多く見えた。
そしてティトゥス浴場の方に再度目をやると……。
「あー……♪ やっぱローマと言えば巨大公共浴場だよねぇー……潜っても日本には行けなかったけど。……お♪ 完成直後のコロッセオ超壮観!」
使い捨てのテラコッタのコップに入った飲み物を飲みながら、呑気にティトゥス浴場の前で闘技場を見上げるルシアの姿があった。
「……マジか」
灯台下暗しとは言うけど、ここ、黄金宮殿の隣なんだけど?
というか君、逃走中でしょ?
めっちゃ余裕ぶってるけど何なの?
そんなツッコミが思わず浮かんでくる。
しかも今の彼女の装いは、まったく自身を隠す気がないように見える。
今後ろ姿を見せるルシアは、刺しゅう入りの薄桃色のトゥニカに黄色いパッラ。
そしてパッラの端から見えるのはこんもりした皮袋。
おそらくそこには逃走資金が入っているのだろう。
多分あの服はデキムス邸で着替えてきたな。
逃走中なら普通は装いもその辺で一般市民が良く着るそこそこの生地を調達すべきだと思うのだが、そんなこともせずにいつもの上質な模様入りの生地を着て、気持ちばかりの隠れ要素としては頭からパッラを被っているくらい。
正直全然隠れていない。捜索している人が見れば即見つかる。
実際俺は即見つけた。
なんなん。マジなんなん?
もしかして逃走資金は確保できたから舐めプ中なの?
それか、もしかして逃走中じゃなくて単にローマの物見遊山したかっただけなの?
いろんな疑問が湧きつつも、俺はルシアに気づかれないように、ルシアの死角になる方向から彼女にゆっくり近づく。
「さて、テルマエも楽しんだことだし、あとはすたこらサッサーっと……」
そして彼女の真後ろまで来た時に聞こえたのは、完全に油断しきった逃走犯の独り言。
うん、前者 (舐めプ)だわこれ。
もしくは相当ポンコツか。
……デキムスさんの娘だからワンチャンポンコツの方の可能性もあるな。
どちらにしても逃げる意志はありそうなので、とりあえず俺は即座に後ろから彼女の腕をぎゅっとつかむ。
「え!?」
すると、ルシアはびくっと俺の方向を向いてきたので、
「(ニッコリ)」
俺は満面の笑みで返してやった。
すると、ルシアは一瞬固まったのち、すぅーっと息を吸い。
「い」
「い?」
『いやぁぁぁぁぁあああ!! 私の死神! 破滅フラグその2!!』
全力で日本語を話しながら錯乱して逃げの姿勢を取ってきた。
というか、死神て。
失礼、失礼過ぎない??
『勘弁して! 去年ポンペイ噴火ってことは西暦80年ででしょ!? 大好評暗君スタンバイ中じゃん! もうヤダ! なんでよりにもよってドミティアヌス帝の時代なのよ! 死亡フラグの塊じゃん!』
あ、こいつローマ史知ってるっぽいぞ!!
そして転生者確定!!
に が さ ん !! お前だけは!!
『やっぱり転生者じゃねえか! 転生者だ! 転生者だろう! なあルシアお前転生者だろ!?』
とりあえずラテン語が通じなくなってる可能性と、周りに内容を聞かれたくないので俺も日本語でルシアに返す。
「―――何のことかわからないよルシウス君」
しかし、それに対してルシアは唐突に日本語からラテン語に切り替えて返してきた。
「さすがにこんだけゲロってそれが通るわけないでしょ!」
むしろどうして通ると思ったんです??
というか日本語しかしゃべれない訳でもないのか。
「そこを何とか!――というかルシウス君もさっき日本語しゃべってたけど、もしかして前世日本人?」
「うん」
「同郷のよしみでワンチャンこう……見逃してくれるとか、ない?」
「ないです」
どこに見逃す要素があるんですかね。
「やーーーーー!!」
やんややんや
やいのやいの
……。
そんな感じで往生際悪く何とか俺の手を振り払って逃げようとするも、1分少々であきらめたらしく大人しくなるルシア。
「ちょっとそこのテルモポリウムで詳しく話を聞こうか?」
このまま病棟に戻ろうか一瞬迷ったが、いろいろと事前に情報を吸い上げた方がよさそうな気がした俺は、とりあえずデキムスさんたちにルシアが見つかったと連絡をする前に尋問を行うことにした。
「もうだめだぁ……死ぬんだぁ……」
そしてそんな俺の言葉に、『完全に詰んだ』と言わんばかりの返答を返してくるルシア。
何? そんなデスフラグがローマにあるの?




