115話 デキムスさん進退極まる[1/2]
「――なるほど、つまり奴はその花火を闘技場の空一杯に打ち上げて自らがユーピテルの力の一部を得たと匂わせたいわけか」
俺の説明に花火の概念を素早く飲み込んだウェスパシアヌス帝はフムフムと頷きながら、ドミさんが送ってきた羊皮紙の束を眺める。
「不発弾に備えてある程度闘技場の周辺に消防隊を待機させるなどすれば特に危険はないかと思います」
「まあ思っていたより穏当だな。それならまあ、奴の計画通りに進めて良いだろう」
これでも十分派手だと思うんだけど穏当とは……。
コロッセウムで銃撃戦でもするとか? どう考えても観客に当たるよなぁ。
そういえば懸念と言えばもう一点。
「……そういえばドミティアヌス殿下は秘密にしたいから隠してたわけで、これ僕が陛下に伝えちゃうのマズかったかもですよね」
流石にドミさんにぐちぐち言われるのは勘弁なんだが。
「奴はお主に入れ込んでるからさほど当たりの強いことはされんだろうが……そこは安心せい。『式典の計画は修正や確認をルシウスとするのが前提だったんだろ?』と私が言えば文句は言えんだろ」
「そういうもんなんですか?」
「その証拠にほれ、使っとるのは羊皮紙じゃろ? メインの部分を隠したままにしたいのであれば内容全体を伏せて公的な用途に使うパピルスで送ってしかるべきだ。なのに態々羊皮紙で送ってきたということはローマに帰ってくるルシウスに詳細を聞いて修正しろと言っておるようなもんじゃろ」
そう言って羊皮紙の一枚をペラペラさせながらウェスパシアヌス帝は続ける。
「まあ、実際はウルカニでも羊皮紙を作れるようになったからそれのアピールもしようとしたんだろうが、目的を一つに絞らずに余計なことをするとこういう言いくるめの材料になるというのを教えるという意味でも丁度良い機会だ」
上流階級の人らって手紙ひとつ取っても送る素材から上げ足とられないようにしなきゃいかんのか……大変だな。
そういうの考える立場じゃなくてよかった。
「まあ、式典についてはドミティアヌスがやろうとしてることは大体わかったからヨシとしよう……で、次が面倒な相談なんだがな」
ウェスパシアヌス帝の『面倒』という言葉にデキムスさんがびくりと反応し俯き出す。
予想はしえたとはいえ、頭をフル回転してどう回避しようかを考えているのだろう。
「その前にルシウスよ、お前がウルカニに居た時にそこのデキムスに送ったという『基礎化学』なる書、噂によると万物の理を数に落とし込み、南北に分かれたポンペイ、ひいてはローマの繁栄には不可欠となる壮大な書と聞いたが……事実か?」
先ほどまでの愉快そうな目線から一転、何かを計ろうという意思を感じる瞳で俺を正面から見て問うてくるウェスパシアヌス帝。
その一瞬で変わった雰囲気に気おされながらも、俺は事実のみを答える。
「万物の理、と言うと少し大仰ですね。あれはあくまで物の変化、たとえば『なぜ鉄がさびるのか?』や『万物分解するとどのような性格なのか?』などの表層を説明する書です」
「つまりはさほどローマという国家にとってはすぐに重要となる書ではない。教養としての『博物誌』のようなものだと?」
「博物誌も十分ローマの発展にとっては重要な書になるかとは思いますが……。そうですね。南北ポンペイにとっては有限責任組合の会計官にとっての会計学くらいの価値があると思います」
「つまり南北ポンペイから生まれる新しい物品を理解するには必須の学問が記載された書ということか?」
「そうですね」
「うーむ……」
俺の端的な回答に、手を口に当てながら唸り始めてしまうウェスパシアヌス帝。
そして少しだけ思案した様子を見せた後、デキムスさんの方向に視線を移す。
「……なるほど。であればやはり、元老院議員どもの陳情にも一理はあるな」
「陳情、ですか?」
デキムスさんが半分泣きそうな顔をしつつ聞き返すと、ウェスパシアヌス帝は顔をしかめて本題を切り出した。
「うむ。学校の主であるお前にとっては悩みの種だろうが、お前、デキムスの学校には異常な数の受講希望生が殺到しているだろう?」
「そうですね……正直一杯一杯ですし講堂もぎゅうぎゅうです……」
「で、以前からドミティアヌスとそりがあわぬ元老院議員や騎士階級の連中から、『どうか陛下のお口添えで我が家の被保護者を入学させてくれ』という嘆願がきてははいたのだ」
本来であれば権力ルートでデキムス学校するにはドミさんが最適だが、そこから弾かれた層がウェスパシアヌス帝→プッさんというルートで入学しようとしてたということか。
「正直今までは会計学だけだったから『口添えが欲しいのであればドミティアヌスにしろ』と一蹴していたのだがな……。ここ数週間は『帝国の未来を支える化学なる学問に触れられないのは元老院全体の損失!』などという名分が新たに生えてきてなあ」
「あー……南北ポンペイから生み出される物品にまず触れるのは上流階級の方々ですもんね」
紙、出版物、合成染料で染色された織物、そして蒸気機関。それらをまず目にするのは高級品の顧客たる上流階級だ。
最初にローマに入ってきたものだけでも、時流を読み取るのに聡い上流階級がそれらの技術の源泉に目をつけるのは当然と言える。
そしてその技術を理解するために必要な学問と思しき『基礎化学』。
是が非でも自派閥の影響下にある被保護者に学ばせたくなるだろう。
「会計だけであればドミティアヌスの専任としてもよかったが……ルシウス、お前の見解を聞いて確信した。溢れた分のねじ込み枠を奴の裁量だけに収めておくのは危うい。元老院内だけでの対立ならまだいいが矛先がお主らに向きかねん」
まあ、ドミさんだったら明らかにかつてドミティアさんとの略奪婚時に謗ってきた派閥とかをめっちゃ冷遇するだろうしなあ……。
そんなんでこちらが巻き添えを食らうのは確かにごめんである。
「で、それを避けるため、基礎化学とやらを学べる人数を増やすにはどうすればいい? というのが、今日の相談内容の主体だ」
そう言って改めて「どう思う?」とデキムスさんに問いかけてくるウェスパシアヌス帝。




