114話 クレオパトラぶり二回目
パラティーノの丘で最も目立つ荘厳な建造物、ローマ帝国の頂点たる皇帝の居住施設であるところの『ドムス・ティベリアナ』。
その中のフラウィウス円形闘技場が見渡せる北東のテラスで、俺とデキムスさんはウェスパシアヌス帝を待っていた。
ちなみに俺は板に括り付けられたままなのはさすがに外聞が悪すぎるからと外されたものの、簀巻きのままの状態である。
床に転がすわけにはいかないのでなんかいい感じの位置にあった広めのベンチに転がされている。
どうでも良いけど妙に寝心地いいなこのベンチ。
置いてあるクッションもふかふかだし。さすが宮殿。
そんな簀巻きのままでくつろぐ俺をよそに、ガタガタと貧乏ゆすりをしながら、
「これ以上の面倒事は勘弁してください勘弁してください勘弁してください本当に……!」
とブツブツ呟くデキムスさん。
単純に皇帝に呼び出された事よりも、絶対に面倒事が増えるとあたりをつけて、それを避ける事をひたすら願っているのは図太くなったと言っていいのかどうかちょっと迷う。
「ねぇー……それよりさすがにこんな簀巻きの状態のまま謁見するのは不敬、不敬じゃない?」
「だってルシウス、君さあ……解いたら絶対逃げるじゃん……!」
「そうかな?……そうかも?」
「さすがに宮殿内についてまで逃げることはないだろうから解いてやったらどうだ?」
「そうは言いますがね、この悪童は常識の斜め上を―――陛下!?」
呆れを多分に含んだ声色で俺たちに声をかけてきたウェスパシアヌス帝。
そんな声に対し、限界ギリ状態で返答した後に皇帝に対して返答していたことに気づき、固まるデキムスさん。
「こっ、こここれは陛下! ごごご機嫌麗しう!?」
「宮殿の一角での待ち時間でこんな面白いやりとりする奴、ひさしぶりにみたわい。……いや簀巻きにされてる奴は初かの?」
「恐縮ですっ!!」
褒めてないと思うよデキムスさん。
「あぁ、私以前の執政官の前に簀巻きで現れた者ならいるな」
クレオパトラですね分かります。
「しかし、私の場合は男か。……美女が良かったな」
「僕はクレオパトラみたいに自分の意志で簀巻きになってるんじゃないので、お替りはデキムスさんにもってきてもらう感じで一つ」
「ちょっとルシウス!?」
「うむ、頼んだぞデキムスよ」
「陛下!?」
なんか雰囲気がデキムスさんをイジる方向に向かったのでテキトーにいじってみたけど、何やかんやでウェスパシアヌス帝ってノリいいよね。
いや、デキムスさんがいじり易すぎるのか。
「まあ冗談はさておき、……とりあえずルシウスを解いてやれ?」
少しツボにはまったのかニヤついている口元を手で隠しながらデキムスさんに命じるウェスパシアヌス帝。
「はいだたいま!!」
それに対してデキムスさんはビクゥッと俊敏に立ち上がり、そのまま俺に慌てて駆け寄り、俺を縛っていた布を解いていく。
バサリと布が落ち、俺はようやく自由の身となった。
「まあ、この長椅子寝心地良かったしこのままでもよかったんですけどね」
「ルシウス!?」
「そらそうだろうよ、そこは私が昼寝に使っている寝台だ。寝心地もよかろうて」
「!?」
「あー道理で」
なんかめっちゃ寝心地良かった、敷いてあるクッションがふわふわなんだよね。
一方のデキムスさんは俺を皇帝の昼寝用の寝台に寝転がしていたという事実に
『もうできむすはおしまいです。ふけいざいでしょっぴかれちゃうんです』
と言った絶望顔をしている。
この流れでそれはないと思うから安心していいよ。しらんけど。
「さて、ではさっそく本題だ。聞きたいことが一つと相談が一つ。前者は主にルシウスから聞きたいものになるな」
そう言いながらウェスパシアヌス帝は奴隷に持ってこさせた椅子に腰を下ろす。
「はいなんなりと! ほらルシウス早く答えて!!」
そして皇帝からの質問と相談というデキムスさん的にストレスフルな本題にテンパったデキムスさんが俺に回答を促す。
「落ち着いてデキムスさん。陛下まだ何も内容話してないから」
「――続けていいか?」
「僕は大丈夫です」
「――!!(一杯いっぱいで首だけうなずくデキムスさん)」
「まず、一つ目の用件だがな、ドミティアヌスの奴から来月の円形闘技場完成式典の初日の演出を任せてほしいという手紙が来ていてな」
そう切り出しながらウェスパシアヌス帝はテーブルの上に分厚い羊皮紙の束を置いた。
「そもそも式典の時間を日が沈む直前としてるのが訳が分からんし、肝心の式典のメインの出し物についての内容が書いておらん。最近の奴は周囲との付き合いを覚え始めたのか以前より格段に常識的にはなってこそいるが、先の内戦のやらかしがあるからな……」
先の内戦のやらかしとは、四皇帝の年にローマで事実上のフラウィウス家の代弁者となったときに親しいものに勝手に公職を任命するわ、ウェスパシアヌス帝がローマに凱旋した後も今の奥さんであるドミティアさんを略奪愛で手に入れるわの好き放題をした時のことだろう。
それがある故、事前共有の無い部分でまた変なやらかしをしないかを探るために、ドミさんのお気に入りでかつなんか情報を持ってそうな俺が呼び出されたということのようだった。
「そんなわけでなルシウスよ。あやつ何をしようとしてるか、知っとるか?」
「あー十中八九、初日の祭典で派手に夜空に火薬の花――花火を打ち上げて度肝を抜こうとしてるっぽいですね」
あとそれを父であり皇帝であるウェスパシアヌス帝に伏せているのは単純にドミさんがウェスパシアヌス帝に対しても度肝を抜きたいからだとおもう。
最近ドミさんの性格が分かってきたが、あの人、よく空回るタイプの自分を陽キャと思ってる陰キャっぽいし。
今まで自分を見くびっていた父親や兄を驚かしせてやろう以上のことは考えてない気がする。
「花火? なんだそれは?」
「えっとですね――」
当然ながら花火という概念そのものを知らないウェスパシアヌス帝が花火について聞いてきたので、俺は花火がどういう物かと、おそらくドミさんがやろうとしている式典の推測についてウェスパシアヌス帝にかいつまんで説明することにする。




