113話 デキムスさんいっぱいいっぱい
南ポンペイでの帝立出版局の稼働状況確認とランキングチェックはつつがなく終わり、俺は欲望渦巻く出版都市を後にした。
そしてアウ爺から共有されたデキムスさんが最近詰めているローマ市内の拠点――テスタッチョ地区にある倉庫街、元俺の実験場でに向かうと……。
「燃えとるーっ!!」
旧実験場が派手に燃えていた。
四つある棟の内、一つから灰色の煙はもうもうと上がり、小窓からは赤い火が噴き出している。
燃え上がる倉庫を消火しようと消防隊員が隣接する倉庫を取り壊し、バケツリレーで倉庫に水をぶち込んでいる。
その横では別の消防隊員たちが馬車に乗った蒸気機関の炉に石炭をくべ、何かの機械を動かしているようだった。
ガシャンゴションという音と共に、機械につながっている革製の長い筒が連結されたホースのようなものから勢いよく水が噴き出し、そのホースの先端を持ちながら消防隊員が倉庫の中に突入していく。
何で消防ポンプ車みたいなものがあるの?
いや、どう考えても北ポンペイ産だよなあれ。
「だから言ったのに! だから言ったのに!!」
「「サーセン」」
そしてそんな倉庫から少し離れた路上にいる避難者と思われる一団。
その中心で、デキムスさんがギリシア訛りのある学者師弟と思われる若い二人組にキレ散らかしていた。
「この謎機械なかったらローマ燃えてたよ!? ゆったじゃん! まずちゃんと手順守ろうってゆったじゃん!」
「「……」」
「ゆったじゃん!?」
「でも一応申請は出しましたし」
「可燃空気の袋詰めまでは許可してないよ!?」
「そうでしたっけ?あはは」
「……ニコマコス殿、テオン君」
「「はい」」
「君ら一ヵ月出禁ね」
「「そんな! 私たちはアポロニオス殿ほどはやらかしてないじゃないですか!」」
「あの歩く災厄と比較するのはやめなさいってずっと言ってるでしょ!? 大体あの人はウルカニにおしつ……行ったんだからもうノーカン! 君らも検証じゃなくて発明やりたいんならウルカニの方に行きなさい!! はい守衛奴隷のみんなこの人放り出して!!」
『うっす』
「「あああああああ」」
デキムスさんの指示を聞くなり、いつの間にデキムスさんの横にいた筋骨隆々な守衛奴隷さんに引き摺られて倉庫街の外に連行される二人組。
「はぁ――どうしてこうルシウスの持ってくるものを見た学者さんたちはすぐ正気を失うかなぁもう……」
「呼んだ?」
中々の修羅場な状況だったのでどうデキムスさんに声をかけようかと悩んでいると、デキムスさんの方から独り言で俺の話をしてきたので声をかけてみると、
「今日も手紙出したけど多分読んでないよね……どうするかなぁ……一人はヤだしトラヤヌス殿についてきてもら―――」
「デキムスさんおひさ」
「あああああルシウスうぅぅぅぅぅぅうううう!!」
一瞬固まったのち、こちらに縋りついてきた。
ポンペイで麦の蜜工房を稼働する直前の時とほぼ同じリアクションに懐かしさすら覚える。
「元気そうですねデキムスさん」
「守衛奴隷のみんな! 確保! 確保ぉぉぉおお!!!」
そんな懐かしい気分でいると、俺に縋りついたまま守衛奴隷さんに叫ぶデキムスさん。
「え?」
「布で巻け!」
「それじゃ足りねえかもだ! 板に括り付けろ!」
「手足は拘束しなくても大丈夫か?」
「一応しとこうか。今ルシウスが逃げると本当に困るからね」
「「「うっす」」」
「うおおおお!?」
そして、あれよあれよという間に筋骨隆々な守衛奴隷さんに囲まれ巻かれていく俺。
◇
「手紙を無視したのは謝るけど、さすがに会うなり板に縛り付けて布でぐるぐる巻きにするのはやりすぎでは?」
どこかの人食い博士並みの処遇に抗議の声を上げる俺。
守衛奴隷さんに簀巻きにされた俺は、延焼を免れた倉庫(実験棟)の一角に連行されていた。
「ごめんね。だけど、今逃げられると本気できついからこのまま話を進めさせてもらうよ」
そんな俺の抗議を珍しくスルーして話を進めるデキムスさん。
アウ爺が言ってたように結構今回はキてるようだった。
先ほどの倉庫火災と出禁にしたギリシア人学者師弟の件もあり、とりあえず大人しく話を聞くことにする。
というか全身拘束されててそれしかできないし。
デキムスさんから語られたのは俺がぶん投げた『基礎化学の本』と『ローマ熱対応セット』で引き起こされたデキムス学校での激震。
ローマ熱対応セットは見た瞬間にデキムスさんがディオスコリデス様にそのままパスしたらしく、被害は免れたそうだが、もう一つの『基礎化学の書』については逃げられなかったらしい。
デキムス学校に詰めている会計学から派生して研究が始まったアラビア数字式の数学の研究で詰めていた学者たちに見つかり、書物に記載していることの検証を学者たちが勝手にやりだし、デキムス邸でボヤが発生。
結果、テスタッチョ地区の倉庫に隔離することになり、そこにローマ中の知的好奇心旺盛な学者や、デキムスさんが新しいことをやり始めると聞きつけて派遣された元老院階級の息のかかった無職の知識階級が集結。
書物に記載されていることの再検証が加速し、教科書の組みなおしがなし崩し的にデキムスさんを中心として発生。
そして倉庫は倉庫で書物に記されていることが誰でも何回でも再現できると証明が進むにつれ、加熱した一部のガンギマリが暴走しだし、その中の筆頭格が今回『軽い空気を集めれば空を飛べるのでは!?』と思いついて倉庫のひとつが大爆発に至ったということだった。
しかもその過程で上流階級の宴の余興を中心に、やっていることが尾ひれをつけてローマ中に広まり『あの博物誌を刊行したプリニウスの腹心であるデキムスが万物の理を数に置きなおす計画に着手したらしい』という噂がローマを巡っているとのこと。
「で、ようやくルシウスが送ってきた基礎化学の書物の三割くらいの検証と理解を終えたくらいの段階で皇帝陛下からこの書物についてルシウスがローマに戻り次第相談したいことがあるって使者が来たんだよ! 一週間半前にね! だからずっと手紙出してたのにぃ!!」
「ごめんて」
というか化学の方も普通に理解できつつあるデキムスさん凄いな。
あれ渡してから一ヵ月経ってないんだよ?
そんな事を考えつつ、デキムスさんの抗議に耳を傾ける。
「ごめんじゃないよホントにもぉぉおお!! もう一週間以上も返答保留にしてるんだよ!? 私の胃がどれだけキリキリしてるかルシウスに分かるかい!? 倉庫に住み着いた学者さんたちは目を離すとすぐに『独自研究』をはじめて倉庫をしょっちゅう燃やしかけるし!」
「そっちは俺のせいじゃなくない?」
「君が! 二つも爆弾を!! 送るから!!!」
「ぐうの音も出ねえ」
「そんなわけで早速行くよ!!」
デキムスさんの声に呼応して守衛奴隷さんが俺が括り付けられている板を持ち上げる。
「え? どこに?」
「パラティーノの丘にある宮殿だよ!」
いや、別に宮殿に行くのは良いけど……この簀巻きの状態で?




