111話 発行部数ランキングと邪神の気配[1/2]
『博物誌の指図はどうなってる!? 三巻範囲は五千部終わってるぞ?』
『追加で一万部増えた!』
『またかよぉぉぉぉ!!』
『あぁぁあ゛あ゛あ゛もう名家どもの無理筋な英雄譚の校正ばっかさせられるのいやだぁぁああ』
『一週間でいいからギリシアの叙事詩校正班に転属させてくれぇぇ』
『ダメです』
『『ああああああ(発狂』』
『薬物誌の裁断終わってる!? じゃあ次は変身物語入れて!』
『いあ! いあ! くとぅるふ! ふたぐん!』
『名家の英雄譚ばっか植字させてた三班の奴隷が発狂したぞ!』
『寝れば治るから仮眠室に放り込んどけ!』
『おい! 落成記念詩集の五十三ページの誤植修正はまだか!?』
『今やってるよクソが!』
『六十八号印刷機と二十五号の文字がすり減ってる! 新しい版はいつ来る!?』
『今冷やしてるところだから代わりに会計学の四十二ページと十九ページを差し込みで刷っといてくれ!』
人間の欲望渦巻くどこかの編集部を思わせる広場をスルーして入った吹き抜け五階建ての印刷局の中には、別の修羅場が広がっていた。
校正地獄で発狂する校正要員。
その隣では植字で発狂した担当を仮眠室に放り込んで、仮眠室から出てきたばっかりの交代要員が死んだ目で倒れた要員の続きを行う。
出来上がった原版はゲラ刷りの後、複製鋳造に回され、鋳造が終わった複製版は製造指図書とセットで印刷班へ送られる。
印刷物を最終的に本にする製本班では印刷が終わった各ページを手早く組み立て、ひたすら裁断・製本・検品を繰り返している。
「修羅場ってるね」
「まあ今は拡大期でご覧の有様だが、半年もすれば落ち着いてくるだろう」
目の前の惨状を見慣れた様子のアウ爺は俺の感想に事もなしに返してくる。
「システムそのものはうまく回っている、あとは徐々に人とラインを増やしていけば良い」
そう言いながらラインを見渡すアウ爺。
それに倣ってラインを見渡すと、全体的にドタバタ大騒ぎでカオスに見えるものの、よくよく見ると各部門は高度にシステム化と分業化がされている様子が見て取れた。
製造ラインは校正、組版、ゲラ刷り、複製鋳造、印刷、製本に分けられ、完全に分業体制が敷かれている。
それぞれの班は前後の工程とつながるような導線で配置されており、書籍単位に発行される製造指図書での製造管理により、多品種少部数生産と大部数少種生産の両方に対応できる体制が整っている。
北ポンペイのアレとは違い、一時的な修羅場というのは事実のようだ。
「ここまで整えるの、大変だったんじゃない?」
「ま、基本は武具などを大量に作る際の分業体制と同じだからな。こういう工房を立ちあげるのに詳しい商人は何人もいるから立ち上げにはそんなに苦労せんかったぞ」
どうやらローマにおいても分業制の工業というのはあったらしい。意外。
「それだけじゃないぞルシ坊。ここはでかい上に新しいからな、いろいろ挑戦的な試みもしてるぞ」
感心しながら製造ラインを眺める俺に対し、そう言ってアウ爺が指さしたのは各ラインに置かれた黒板。
「デキムスの奴が送ってきてくれた工程管理を図にして管理する方法を採用してからはさらに効率が上がっているぞ」
そこにはチョークで線が引かれ、縦軸に各書籍の工程、横軸に時間が記載され、過去現在未来において行う予定の管理がされていた。
「デキムスさんすっごい」
ガントチャート自力で生み出してるじゃん。
会計関係を教える講義体制が一段落してきて余裕が出てきたのだろうか?
「じゃあもうちょっと作業投げても大丈夫そうかな」
「どこをどうしたら『じゃあ』になるんだルシ坊」
「だって新しい図を考案できる程度の余裕は出てきてるみたいだし」
「――ウルカニの方に居た時にお前が送ってきた書物のせいでアイツ、いま発狂寸前だぞ? さすがにねぎらいとか、ちょっと休ませてやるかしてやらんか?」
「そうなの?」
「ルシ坊宛にも手紙を出してるはずだが……さては読んでおらんな」
「……~~♪」
あきれを含んだアウ爺の視線に、俺は目をそらす。
「はぁ……確かにデキムスはどんなにやばい案件でも一回轟沈した後に翌日ケロッとして、いつの間にか周りの手を借りて結果的に何とかする良くわからん挙動をする奴ではあるが……さすがに将来の義父だった相手への扱いとしては荒すぎると思うぞ儂ぁ」
「そうかな? そうかも……」
正直面倒事をぶん投げられる存在としてデキムスさんの使い勝手が良すぎるのでそうしていたが、流石にここ最近は許容量を超えている気がしないでもない。
「今回の視察は出版部数ランキングさえ共有できれば儂の方から相談したい問題とかはないから、手短に済ませてローマに助けに行ってやれ。儂はそっちの分野には疎いからあまりつっこめないが、デキムスの壊れ具合を見るに多分これ以上放置すると結果的にお前も被害を被る案件だと思うぞ。……執務室着いたぞ」
「わかった」
俺はアウ爺の助言に同意し、そのままささっとランキングの確認をすべく印刷局の最奥にある執務室の中に入った。




