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斬術士  作者: 実茂 譲
1.扇
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8/51

反逆的探偵。体制の敵。自由の使者。トンマ。

 今回はとくに目覚めが悪かった。眼鏡の男の弾けた口がザクロのようになっているのがはっきり焼きついている。その丸く開いたグロテスクな貫通銃創の向うに見える六台の戦車も。

 紫の雲が浮かぶ明けの空が四角い窓枠で切り取られている。空の色は柔らかなピンクだった。目覚めたのはソファの上で、刀は寝る前と同じ位置――ソファの肘おきに立てかけてあり、スローイング・ダガーと手袋はキッチンのカウンターの上にある。テレビがついていて、子ども向けアニメ番組にチャンネルが合わせられている。幽霊がつけたらしい。服を脱ぎ、温水装置がいつ故障するかとはらはらしながら、シャワーを浴び、洗面台で毎日見ている不機嫌な童顔を眺めながら歯を磨いた。今年で二十二歳だが、鏡のなかの自分は高校生みたいだった。生年月日は知らないので、まだ十七歳の可能性もあることはあるが、それなら自分は十歳で戦争に従軍したことになる。やはり二十二歳の説を取るのが穏当な気がした。同じものがクローゼットに十セットあるジーンズと黒のタートルネックのセーターに着替え、窓を開けて、まだ冷たい外気を入れながら、ぼんやりと煙草を吸った。

 渡り鳥の群れがピンクの空の向こうから吹く風に向かって首を伸ばし、空中で静止していた。風と釣りあった鳥を見ていると世界全てが凍りついたような気になった。大脳モジュール化済みの風水師たちはそこに不吉な兆候を見る。彼らは来たるべき厄災を前に震え、慄き、家具の設置場所についてのアドバイス料をもらう。人間はどれだけの恐怖を読み取っても、それがまだ未来の出来事である限りは日々の暮らしを切り離すことができないのだ。たとえ、コロニーにぶつかる隕石の姿が肉眼ではっきり見えていてもだ。危機や恐怖がいよいよ間近に迫ると、幸運なものは愛するものたちとともに終末を迎えられるが、運のないものたちは落下した隕石の衝撃波が彼らを粉々にするその瞬間まで麻薬売買やインサイダー取引に打ち込むハメになる。

 とはいえ、扇は守銭奴を軽蔑するつもりはなかった。自分だって銀行が開いたら、昨日の仕事の報酬が振り込まれているか一応チェックしに行くつもりだ。それに第七地区では金は手に入れるよりも持ち続けるほうが難しい。そのため守銭奴たちのテクニックは芸術的領域まで高められていた。扇はある守銭奴が廃棄用プラスチックからピーナッツマーガリンを合成して正規品を買わずに〇・(ポイント)二三クレジット節約したのを見たことがある。どんな人間にも取柄があるのだ。扇の取柄は人殺しだが、第七地区の基準で考えれば、そこそこ恵まれた取柄だった。世界的なピアニストや天才子役と比べると見劣りするが、少なくとも殺人技術には換金性がある。

 窓を閉め、ニュース・チャンネルに変えると、燃え上がるハイウェイの映像が出た。ウィンストン・ボノーの写真が出てきたが、それはまだボノーがオタク学生だったころのもので昨日見た姿からは想像ができない。顔じゅうピアスだらけにしてからは一度も捕まったことがなかったとニュースキャスターが伝えている。ボノーの心臓から摘出された弾丸がボノーの持っていた銃のものと一致し、死因は自殺となっていた。もう少し想像力を働かせれば、それが跳ね返った弾だと分かるが、警察組織に入ると想像力は死んでしまう。

 ドンドンと強めのノック。「開けろ、ヤクの手入れだ」

「ここにはアスピリンしかない」

「なあ、おれ、ブッチだよ。開けてくれ」

 入ってくるなりブッチは大臣(マンダリン)みたいに長く編み下ろした髪を鞭のようにふりまわしながら、ニュー・フランシアのポルノ男優たちが本番前に飲むというセロリエキスについてまくしたて始めた。「こんなちっぽけな五十ミリリットルの壜一本のために必要なセロリが五百キロだってんだぜ。五百キロのセロリといえば、そりゃもうジャングルだ。オランウータンも住めるぜ」

「いったいなんの話だ」

「第六地区がゴミまみれって話だよ。もともとゴミみたいなやつしか住んでないとこだけど、今度という今度はすげえ。第六地区はゴミ収集作業をノースエンドのイタ公どもに委託してたんだが、ノースエンドといえばマフィアだろ? マフィアども欲掻いてとんでもねえオプションを要求して、地区側がそれを突っぱねたんだとよ。そしたら、イタ公どもは第六地区全体のゴミ収集をストップさせたんだよ。そりゃあ、もうすごいもんよ。ニュースでもやってる」

「あいにくいま、ニュースは見られない」

「なあ、第六地区に行って、やつらがゴミで溺れ死ぬのを見ながら、ビール飲もうぜ」

「そんな気分じゃない」

「じゃあ、ジンジャーエールでもいいからさ」

「あんた他にすることないのか?」

「浮気調査が二件あるが、報告したものか迷ってるんだよな。確かに浮気はしてたが、相手はリスだった」

「リス?」

「ひょっとすると人格チップを埋め込まれた雌のリスかもしれないが、とにかくリスなんだ。でも、こりゃすげえ話だよね。だってよ、別々に持ち込まれた浮気調査でどちらの旦那もリスとファックしてる確率って、いったいいくつだよ?」

「おれにパーセンテージの話をするな。頭が痛くなる」

「話は戻るけどさ、車から道端のゴミの山に煙草を投げてボヤ騒ぎを起こすんだ」

「そんなことすれば、あんたの探偵ライセンス、取り消されるぞ」

「そのことなら心配いらない。ライセンスはもう三か月前に取り上げられた。いまのおれはモグリの探偵なんだ。反逆的探偵。体制の敵。自由の使者。まあ、好きなように呼んでくれ」

「じゃあ、トンマ。自分の部屋に戻って大人しくしていろ」

「さっきのは無し。やっぱりブッチって呼んでくれ。で、話の続きなんだが、おれ、レンゴク・アームズのパルス・リヴォルヴァーを先行予約しててさ。今日、それが銃砲店に届く日なんだ。こいつが最高にいかした代物なんだよ。三五七口径パルス・リヴォルヴァー〈ライジン〉のプレ・オーダー・モデル。パルス・マグナム弾は命中すれば相手の体のなかにあるシステム――それが内臓であれ機械であれ、破壊パルスでぐちゃぐちゃに焼きかき混ぜる恐怖のホット・ミキサーなんだ。しかも二丁頼んだからワイアット・アープ・モデルのガンベルトも一緒についてくる」

「銃のことは分からない」

「こんなゴキゲンなリヴォルヴァー他にないと分かってるんだけどさ、ほら、おれ、以前、ブローヴァ・サブマシンガンでだまされたじゃん。一秒で二千発発射! 防弾プラスチックをバリバリ削るインチキPVにまんまとひっかかってさ、実際、やってきたのは安物のプレス銃だった。あんなこと滅多にないとは分かってるんだけどさ、でも、もしライジンがPV通りのゴキゲンなリヴォルヴァーじゃなくてさ、踏むとへこむようなのだったら、たとえおれがブルガリアの王さまでも立ち直れるか分からんのよ。だからさ、一緒に銃砲店に行って、おれが包装紙を引っぺがしてるあいだ、おれの手をそっと握っててほしいんだ」

「他を当たれ」

「そう言うなって。鶏牌香烟(ロースター)一カートンやるから」

「情報が古いな。タバコ欠乏症はもう解決した」

「パイナップル・ピザのタダ券二枚やるよ」

「……」

「もちろんピザジェットのやつだ。ほら」

「……ちっ、仕方ないな」

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