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斬術士  作者: 実茂 譲
3.カンパニー
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48/51

ソニー・ブルーフィールド『バンキー・アンド・デフォルト・セブン』

 第一区の商業街(ダウンタウン)に居並ぶ巨大建築群のなかでも銀行業共同体(バンキー)は特に大きかった。そのデザインはIT創成期の分厚いキャッシュカードをモチーフにしていて、エレベーターの流れやエジプシャン装飾のホログラム・ボードの動きが健全な資本の循環を表現していた。銀行業共同体(バンキー)は今から三百年前、レバノン人の銀行家が主導した清算機構(クリアリング・ハウス)を起源としている。情報化とコロニー建設事業で人類の活動が拡大と深化して、そこに付随する金融活動を円滑に行う経過で銀行業共同体(バンキー)は巨大な権力を手に入れた。銀行業共同体(バンキー)の役員や理事のなかで「この世で金で買えないものはない」というものはいなかった。そんなことを言う人間は安い買い物しかしたことがないから、そんなことが言えるのだと。世界最高クラスの富豪たち曰く、金で買えないものは『若さ』と『人柄』なのだという。

 ルクレツィアの資料――それはもちろん暗記後に燃やされた――では、今回のターゲット、義眼の男はこの地下の研究施設にいる。やつらはカンパニー研究に関する一切のものをハードウェアからソフトウェアまで全て地下の貸金庫に収めた。そこに何があるのか知るのは扇たちの勝手だが、クライアントはこうした馬鹿げたことが二度と起こらないよう、必要な措置をとるように注記していた。実際、資料にそう書いてあったのだ。あの資料はルクレツィアがクライアントの希望を完璧にくみ取ってつくられたものだが、クライアントはそれでは足りず、わざわざ緑色のボールペンで研究所を潰すように加筆していたのだ。ただ、なぜ緑色なのだろう? こういうときは赤いボールペンと相場が決まっている。ひょっとすると、クライアントは緑と赤の区別がつかないのかもしれない。

 そのエントランス・ホールは十階まで吹き抜きで、中央に真鍮でつくった蒸気機関の演算塔が伸びていた。この巨大な装置は最も僻地にある銀行の簡単な変動リスク証券の計算もできないが、それが金融資本の本質――計算と虚飾の証であり、何より、これはもうひとつの未来――スチームパンクだった。

 刀とスローイング・ダガー、それに扇は単発の狩猟拳銃をホルスターに入れていた。だが、エブロ・シティには麻薬王や人身売買業者のようにサブマシンガンを携帯しながら巨額の預金をするものがいる。強盗に遭うリスクと武器を違法携帯所持したお得意さまの機嫌を損ねることをリスク計算した結果、持ち込まれる武器が戦術核兵器ではない限り、武器は見逃すことにしていた。それに銀行業共同体(バンキー)のセキュリティーは万が一の使用にも万全で、ネオ・アール・デコ様式の装飾柱にガトリング砲を仕込み、チャブ・グレネードの射出装置が窓口に巧妙に隠されている。

 経済ニュースをきいただけでひどい頭痛がする扇にとって、この場にあるもの、交わされる言葉は扇専用の生物兵器のようだった。むしろ、こちらが武装解除を要求したいくらいだが、とにかく前に進まないといけなかった。貸金庫係の窓口AIは世界最大の銀行の窓口には気さくすぎるし、愚痴もこぼすが、ともかく話はできた。

「貸金庫に行きたい」

「鍵は持ってるかい?」

「いや」

「じゃあ、貸金庫にはいけませんよ」

 ここで紫苑が代わる。「じゃあ、金庫を貸して」

「何を入れるんです、お嬢さん。いや、こんなこときくのはどこかの馬鹿がスウェーデン製の世界一臭いニシンの缶詰を入れていくんですよ。貸金庫は一定の温度で管理されるので、缶詰は発酵が進んで金庫のなかで爆発。換気システムも追いつかない悪臭がオエッ、オェッ! アナーキストどもの仕業だと思うんですが、どう思います?」

「わたしたちはそんなものは預けない」

「そうは言われましても、食品管理局からのお墨付きがないとナマモノの預かりはできない決まりで」

「わたしたちはナマモノなんて預けるつもりはない」

「え? でも、お隣のお兄さんを預けるつもりだったんでしょ? え? 違うの? じゃあ、何を預けるの?」

「なにも」

「え? なにも預けない? なにも預けないのに金庫を借りたい? 新しい宗教か何かですか?」

「あそこに立っている男が見えるか?」

 扇が会話に割り込み、適当に男を指差した。それは明らかに男ではなかったが、この際、それはどうでもよかった。

「はい。女性のようですが、銀行業共同体(バンキー)では男性の心の性を持つ女性の方も――」

「あいつと一万クレジットの賭けをした。何も預けないで、貸金庫を借りられるかどうか」

 AIはホログラムの親指を立てた。

「そういうことでしたら。はい。こちらがキーです。利用規約への電子署名はあちらでどうぞ」

 紫苑の目線の高さにギリシャ雷文をあしらったエレベーターで地下へと降りるあいだ、流れてくるイージーリスニング・ミュージックを締め出すためにイヤホンをしてカセットでソニー・ブルーフィールドの『バンキー・アンド・デフォルト・セブン』を再生する。箱の急降下で体が綿のようにふわふわしていたのが、エレベーターはうまく速度調整をして、下りエレベーターが止まったときのずしんとくる体感を99%軽減した。

「わたし、あのドシンとくるのが好きだったんだけど」

「イヤホンはしているがきこえているからな」

「分かってる」

「そうか」

 エレベーターが発明されてから変わらない呼び出しベルが鳴って、扉が開く。そこは椰子が生い茂るジャングルだった。エブロ・シティじゅうの生ごみでつくった人工腐葉土をフロア全体に敷き詰め、黄色いチタンボードでつくった道が椰子や大きなシダの茂みのあいだを走り、支道が貸金庫の小部屋らしい建物に続いている。ヤクザはあちこちにいた。諸肌を脱いだブッダの入れ墨のヤクザ、派手なサングラスのヤクザ、大きすぎるダブルのスーツのヤクザ。その誰もがカンパニーを無力化できるあのリモコンを持っていた。扇たちに出会うとみな笑いながらボタンを押すが、扇も紫苑も悶え苦しむ様子が見えないと、リモコンをそばの椰子の幹にぶつけて、直そうとした。ルクレツィアから扇と紫苑は対カンパニー無力化装置を無効にするナノマシンを無痛注射器で体に取り込んでいた。そんなことも知らず、テレビの薄さが一ミリに限りなく近づいたこの時代に家電を叩いて直す男たちは自分たちの無知を袈裟斬りと斬首と唐竹割りで償うことになる。ただ、ルクレツィアは副作用はないと言っていたが、ブーストを使った後の苦しさがいつもの倍になっているので、ふたり同時にブーストを使わず、片方が使ったら、もう片方が苦し気な呼吸から復活するまで援護し、使う回数もなるべく少なくしなければいけなかった。

 ここを除いて、絶滅した貴重な熱帯植物たちのあいだでヤクザを斬り捨てながら、進んでいると、サンシャインと鉢合わせた。

「あ、幻覚ちゃん! と、幻覚じゃないちゃん! ハロー!」

 サンシャインはスーパーのプラスチック・バッグにスウェーデンの缶詰を大量に入れていて、それをあちこちの金庫に隠していた。彼女は資本主義という人間ヴァンパイア制度をハントするヴァンパイア・ハンターとして、この街で最も資本主義的なものに戦争をしかけていた。

「その缶詰はそのへんに放って、避難したほうがいいぞ」

「え? なんで?」

「ヤクザと殺し合う」

 すると、いきなり〈砲兵隊(アーティラリー)〉リヴォルヴァーをぶっ放した。咄嗟にブーストを働かせて、キラキラ光る銀の弾を避けたが、後ろの椰子に隠れた傭兵スナイパーが顔を吹っ飛ばされて、落ちてきた。

「そんなの別にこの街じゃ珍しくないでしょ。それにあたし、缶詰を仕掛けないといけないから」

「扇」と、紫苑。「連れていってあげて」

 はあ、とため息をもつ。

「責任をもって飼えよ」

「ちょっとぉ。あたしのこと野良フラミンゴみたいにしないでよぉ」

 考えてみれば冷凍睡眠センターに中華料理を保管するようなサンシャインが銀行業共同体(バンキー)にスウェーデンの悪臭爆弾を設置することはさほど不思議ではない。そして、一緒に連れてってと言っていたサンシャインだが、次のフロアに降りると、ひゃっほう!と叫びながら、銃と缶詰を手に走っていってしまった。黒い大理石の壁に初期フランドル派の絵画が交差する光に照らされている。艶のあるホールが伸びている。水色のモヒカン入れ墨ヤクザたちが白鞘の刀を手にしていて、なぜかサンシャインを無視して、扇と紫苑に襲いかかった。最初のヤクザの振り下ろしを右にかわして頸の血の筋を一撃で絶ってヤン・ファン・エイクに鮮血がふりかかり、すぐ後ろのヤクザの上がり過ぎた構えをくぐるように肋骨の下へ突きかかり、そのまま真横に薙いで、臓物がヒエロニムス・ボスにぶつかる。足を狙った払いを飛び上がって、足下に避け、頭に叩き込むとモヒカンが割れて、のけぞった。ヤクザたちは数を頼みに囲もうとするが、ブーストなしでの斬撃を飛び違いざまに食らって昏倒し、突きかかれると崩れて飛びのき、逃れ切ったと思った瞬間に左片手打ちが嘘のように伸びてきてこめかみから鼻柱まで深々と断ち切る。ホールの出口に到達したころにはヤクザは全て斬り捨てられ、十七の絵画に修復困難な汚れをつけていた。

 次のエレベーターに駆け込む。サンシャインのことは忘れて、次のフロアへ。数時間にも感じられる数十秒が経過してドアが開いたとき、そこにあったのは培養液に浮かぶ三十三体のセカンド・カンパニーたちだった。

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