約束
美しい思い出の数々がガラスのなかの実験体に落ちていく経過を紫苑は知らない。どんな裏切りがあったのか、どんな見限りがあったのかも分からない。丸いホールの壁沿いに並んだ柱型の培養水槽のひとつ、紫苑が入っていた水槽には何も浮かんでいない。扇はカセットを止めて、イヤホンを外した。コンソールをいじってみるが、ロックがかかっているようだ。
「ティモシー」
「はいはい。受信型ナノマシンをまいてくれ」
ナノマシンを満載したグレネードを部屋の真ん中に放り出す。爆発も発煙もしないが、これでこの部屋はナノマシンのシチューのようになっているはずだ。
「よし、防御珊瑚を見つけた。かわいいルリスズメダイたちが輪郭を教えてくれたおかげで、そう時間はかからない。――これ――あれで――で、こうきたか。なら――ほら、できた。これ、何の装置だい? ここからじゃ分からないんだ」
扇が紫苑に呼びかけた。紫苑は手袋を外し、少年がひとり浮かぶ培養水槽の曲面ガラスに手を触れていた。
「扇。あなたはまだ夢を見る?」
「……ああ」
「わたしの夢は、これで終わる」
落涙しながら、紫苑がうなずいた。
「やってくれ、ティモシー」
ひとつずつ水槽がダウンする。ライトが落ち、水槽のなかは見えなくなる。紫苑が手を触れていたガラスの少年、瑞希は最後に消えた。手をつけたまま、動かない紫苑の肩を扇は軽く叩いた。
「これが終わっても、おれたちは相変わらず化け物のままだ」そう言って、メモリースティックを取り出した。「だが、もう、世界全体が一種の化け物だ。化け物らしく生きていくしかない。もし、これが終わって、まだ復讐したい気持ちが残っていたら、そのなかのリストのやつらを殺せばいい。いまダウンロードした。セカンド・カンパニーを主導したやつの名前とアドレスが全て入っている。即死させてもいいし、なぶり殺しでもいい。好きなようにしろ」
紫苑はそれを受け取ると、しばらくじっと見て、涙を拭って、少しだけ微笑んだ。
「ありがとう」
「わかってる。自分でも気の遣い方が不器用なのは」
「感謝はしてる。本当に。次は、あなたの悪夢を終わらせる番よ」




