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斬術士  作者: 実茂 譲
3.カンパニー
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 マイナー・メーカーのコーラと無処方アスピリンの箱がつくるトンネルを抜けると、グリル用成形オキアミ・パテのビニールパックが砦をつくり、生理用品のピンクがその左右へ波打っていた。〈サンチョ・パンサ〉で扇はブッチと買い物用カートを並べて歩き、ブッチはスナック菓子を、扇はペットボトル入りの蒸留水をカートにどしどし入れていた。ブッチはゾンビ・キットの再編成を行うと宣言し、血清や包帯を減らして、その分、チョコ・バーとウルトラ・ヘヴィ・ラムを加えようとしていた。どこかのマヌケな国が予算削減で公共医療施設を廃止して、あとで伝染病が発生し痛い目を見たというニュースが流れていたが、ブッチは銃の通販チャンネルとゾンビ映画専門チャンネルしか見なかったから、自身の政策の正しさを疑わない。

「扇はなんで車を運転しないんだ?」

「習ったことがない」

「習う機会があれば運転するか?」

「しないな」

「なんで?」

「分からない。必要じゃないからだろう」

「必要ないってことないだろ? 移動するときはどうするんだよ?」

「公共交通機関を使う」

「バスとか地下鉄とか?」

「ああ」

「そんなもんいつ廃止されるか分かんねえぞ。エブロ・シティの財政赤字は深刻で金持ち守る警察以外の全予算を削るって言ってる」

「培養肝臓は?」

「あれは別だ。たくさんの利害が絡んでる」

「一年でダメにすると分かっているアル中どもには肝臓を配るのに、おれの乗る物は削減するのか?」

「それが政府ってもんだ。そうなったら、どうやって移動する?」

「歩く」

「そこは車って言うところだろうが」

「どうしてそう車にこだわる?」

「おれにとってはペニスの次に大切なのがあのベイビーなのさ」

「以前、自動車にイカれているやつを殺したことがある。そいつの見ている前でボンネットごとエンジンを串刺しにしたら、心臓発作を起こして死んだ」

「で?」

「車はむしろ人間の弱点を増やす」

「お前だって、一台いかしたのを買えば、車のよさが分かる」

「まあ、それは否定しない」

 紫苑と出会ってから一週間が経っていた。ルクレツィアと手を切ったのはもっと前だ。あれから、特に進展はなかった。毎日を七十七号ビルの七〇七号室で寝起きし、ただあてもなくぶらぶらする。そのあいだもこの都市では誰かが騙され、殺され、追放され、また騙されている。扇は世の中のサイクルに干渉できるほどの力が自分にあるとは思っていない。そういうことは政治家に任せればいいのだ。ただ、ルクレツィアからの連絡や依頼がないと生活に芯がなくなったことは悔しいが認めなければいけなかった。

 結局、おれは殺すだけだ。何かを突き止めるための広範な影響力は自分にはない。

 だから、尾行がついていることに気づくと、扇は斬り捨てるかわりに少し後をつけ回させることにした。ただ、ブッチはワイアット・アープ・モデルのガンベルトにライジンを二丁差している。間違いが起こるといけない。

「ブッチ」

「ん?」

「つけられている」

 そう言われて、え、どこどこ?と探すほどブッチはおめでたくはなかった。

「マジか。まあ、心当たりはある」

「なんだって?」

「さっき買ったランディラの六缶パック。最後の一つだった」

 旧式の会計AIが並んでいるレジの手前で扇とブッチは四方向から囲まれた。全員がスウェットシャツにジーンズとスーパーに来る客のように見え、ひとりは店員に化けていた。扇は鯉口を切った。

「その必要はない」店員もどきが言った。

「必要があるかどうかはおれが決める」

 店員もどきはエプロンを持ち上げて一回りして、銃をベルトに差していないことを見せた。

「あんたのエプロンの結び方。間違えてるぞ」

「後日、教わる機会があれば、きみから教わろう。だが、先にきみには会ってもらわなければいけない人物がいる」

 リバイバル・モデルのストレッチ・リムジンでルクレツィアが待っていた。ブッチを帰らせて扇はトンネルみたいに長い車内の一番離れた位置に腰かけたが、シャンパン・クーラーみたいな冷たさは相変わらずだった。扇は鶏牌香烟ロースターをつけた。

 リムジンの中央にある紫檀のテーブルの上を紙ばさみがスーッと滑って、扇の目の前でピタリと止まった。

「今回のターゲットです」

「前のやり取りを考えれば、おれに仕事をふるのは理にかなわないと思うがな」

「わたしも同感です。しかし、クライアントは今回のミッションをあなたが遂行することに固執しておられます」

「お偉方の情けか」

「好きに取ってもらって構いません。ミッションさえ完遂すれば」

 扇は紙ばさみを開いた。

 ヘスス・グアハルト。自称科学者。住所は第八地区。

「なぜ、おれがこいつを殺らなければならない?」

「わたしにはここまで譲歩する理由が分かりませんが、クライアントはミッションさえ完遂すれば、あなたがターゲットから何をきき出そうが気にはしないそうです」

「こいつはカンパニーに関わっているのか?」

「時間操作技術を開発しようとした最初の人物です。彼が軍やコロニー政府とどうつながっていたのかは不明です。それで引き受けますか?」

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