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斬術士  作者: 実茂 譲
3.カンパニー
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全ての圧制者の敵

 第八地区は戦後につくられた奴人(アン・グロ)の居住区だった。それは巨大ゼネコンやマフィアが所有するコンクリート会社を儲けさせるために生み出された難民政策の解答であり、安い住宅が気も狂わんばかりの正確さで荒野をどこまでも建築されていた。白漆喰にトタン屋根、正面にはドアが一枚と窓ガラスが一枚。電気はひかれていたが、ガスはなく、煮炊きには不法投棄された産業廃棄物を砕いて燃やしていた。戦争を生き残った奴人(アン・グロ)を全員強制移住させ、難民救済のモデルケースとして、政府は宣伝していたが、実際はただの柔な強制収容所に過ぎなかった。ベニヤ板のドアに石の仮面を打ちつけ、洗濯物を吊るした紐が伝言ゲームのように家から家へと伝っていき、ピックアップ・トラックには軽機関銃の三脚がくっついたままになっていた。カラフルなローブをまとった奴人(アン・グロ)たちに許されるのは教会に行くこと、政府が経営しているコンビニに行くこと、やはり政府が経営しているアルコール・センターに行くことでエブロ・シティの他の区画に行くことは禁じられていた。

 政府が奴人(アン・グロ)のために電気を引き、奴人(アン・グロ)のための酒場をつくったのはテレビと蒸留酒が奴人(アン・グロ)を都市文明の負け犬へと追い落とす重要なツールになると思ったからだ。扇が見ている限り、それは成功しているようだった。カラフルな民族衣装と一緒にアニメキャラがプリントされたTシャツが洗濯紐からぶら下がっているし、ここに居住してまだ五年足らずなのに焼けた自動車がスクラップとして道端に放置されている。配給センターの端末にカードを差して配給切符をもらい、女たちはテレビドラマのヒロインが正直者のミゲルと結ばれるのかハンサムだが浮気者のガスパレと結ばれるのかを日が上り日が落ちるまでしゃべり散らし、夜はミートボール・ピザを食べながらAIたちのクリケットを見る。ついに政府はガソリン・ゼリーやカンパニーでもなし得なかったことを成し遂げたのだ。

 扇はブッチの運転する車で第八地区にやってきた。ソニー・ブルーフィールドの『デス・オブ・ミッキー・スピレーン』をききながら、窓の外を眺めていた。ここで見かける奴人(アン・グロ)のなかには扇に家族や友人を殺されたものもいるはずだった。その気になれば、敵討ちだってできるが、銃を持つことは禁止されていた。クイズ番組やウィスキーによってほとんどの戦士が堕落したにもかかわらず、政府は重武装の警官をパトロールさせていた。

「頭がおかしくなりそうだ」ブッチが言った。

「なにが?」扇はイヤホンを外してたずねた。

「これだよ。このマッチ箱。どこまでも続いてる。おれ、交通違反のせいで呼び出されて、教習ビデオを見るか、新薬の実験に協力するかって言われて、実験のほうを選んだんだ。だって、教習ビデオなんてクソつまんないじゃん。それに政府が新しいドラッグをタダでくれるってんだから、遠慮せずいただきたいし。で、きいたことのない名前の興奮剤を食べたんだけど、そうしたら医者が絵を描けって言ってきたんだ。おれの隣の席の、やっぱり免停をネタに興奮剤をトリプル食いした301コロニーのトンマなやつがさ、こんなマッチ箱の絵ばっかり書いてたんだ。そいつは試験が終わって、301コロニーに帰ってから、こんな感じの一戸四部屋のマッチ箱をつくって大儲けして、押しも押されぬ開発業者よ。おれ、同じ実験じゃ、大昔のメキシコに意識が飛んでさ、そこじゃあ、伝説のシングル・アクション・アーミーが現役なのよ。どいつもこいつも弾薬ベルトを胸の前で交差させててさ、かっこいいのなんの。エブロ・シティが柔に見えるほど人の命が安くてさ。裸にした捕虜をサボテンのあいだへ走らせて、景気よく吹っ飛ばしていくんだ。サボテンを。そうしたら素っ裸にサボテンの針が刺さるってわけ。もちろんシングル・アクション・アーミーで吹っ飛ばすんだぜ。そいで医者に描いてやった絵が――」

 ブッチが車を停めたところには奴人(アン・グロ)たちの教会があった。教会は丈の低い平屋で他の住宅よりも二倍くらいは大きかったが、それだけでステンドグラスや側廊など教会らしい飾りはひとつもなかった。それが教会と分かるのは正面にキリストをそぎ落とした跡が残る銀メッキの十字架がついていたからだった。戦争の最中、こんな教会に強襲をかけ、なかにいる人間を皆殺しにしたことが何度もあった。奴人(アン・グロ)が独特の宗教を奉じているのはきいていたが、実際彼らは森の精霊や土に宿る神ではなく、キリスト教の亜種、あるいは異端とも言っていいものを信仰していた。扇がドアを開けると、白いワイシャツを着た司祭がひとり、床の砂を掃いていた。

「今日の礼拝はもう終わったよ」

「ああ」

 教会にはガランとしていた。天井の低い部屋にはビニールテープでつなげたパイプ椅子が五列あり、祭壇代わりの古い机には額に入った白黒写真に蝋燭とテキーラの小瓶が捧げられていた。写真はどこかの煉瓦造りのポーチで撮られたらしく、ひとりの男が写っていた。いかにも寡黙そうな顔の戦士で、ツバが反ったソンブレロをかぶり、裾を切ったジャケットの上に肩布(サラーペ)をかけ、弾薬ベルトを交差させ、右手にはウィンチェスター・ライフルを、左手はサーベルの柄を握っていた。大きな口ひげと顔のパーツひとつひとつがはっきりとした男の眼には不思議と引きつけられるものがあった。

「ひざまずいて生きるより立って死ね」

 司祭が言った。扇に言うというよりは写真の男に話しかけるようだった。

「エミリアーノ・サパタの言葉だ」司祭は続けた。「全ての圧政と戦う戦士のなかの戦士。政府と呼ばれるもの全ての敵。反政府の守護聖人。我々サパタ人の先祖だ」

「いったいいつの時代の人間だ?」

「その写真は西暦一九一七年に撮影されたものだ。メキシコでな」

「気の遠くなるような昔だな。じゃあ、奴人(アン・グロ)はみなメキシコ人だってことか?」

「そういうことではない。心の先祖だ。奴人(アン・グロ)と呼ぶものはサパタ人であり、我々には常にエミリアーノ・サパタの魂が根付いている。押しつけの文化や支配と戦うための熱い魂が」

「だが、見た限り、その魂もだいぶ堕落しているようだな」

「お前たちから見れば、そうだろう。だが、我々サパタ人は望めばいつでも、蔓だらけの水没した遺跡のそばでエミリアーノ・サパタと会うことができる。時を巻き戻してな」

 時を巻き戻す――カンパニーのことを言われているのかと思ったが、違うようだ。ワイシャツの司祭の写真を見る目はどこか哀し気であり、それはサパタが非業の最期を遂げたことを教えようとしていた。射るように鋭いサパタの目は何百年という時間をまたぎ越して、扇を見つめていた。一九一九年四月九日。サパタの命運が尽きるその前日が、いつでも扉を開けている。扇は首をふった。自分はまさに政府のために奴人(アン・グロ)を殺したのだ。何百人と。存在しないパッケージを探せと言われながら。

「それで他の区域の、サムライ・ソードを携えた若者がここに何のようだ?」

「古い知人に会いに来た」

 ヘスス・グアハルド。それがカンパニーを、時間を操る方法を作り出した。扇からすれば、継父ととれないことはなかったが、欲しい情報を絞るだけ絞ったら、斬り捨てるつもりだった。その途上、扇は様々な約束をするだろう。吐けば殺さないとか。だが、約束を破ることは文明社会の宿命である。政治家が有権者を裏切り、有権者は兵士を裏切る。

「お前がどれだけ同胞を殺したか、わたしは知らない」

 扇の心臓が冷たい手で握られ、思わず手が刀の柄をつかんだ。

 司祭は続けた。

「だが、お前はカンパニーではない。お前の仲間たちはそうだった。だが、お前は時の戦士だ。なぜ、そのような運命を背負わされたかは知らない。だが、お前をつくったものたちは時に干渉することを時を操ることと定義した。そして戦士をつくりあげた。幼い子どもたち。だが、本物の時の戦士は時を操ることはしない。干渉もしない。ただ、時と生きる。様々な時代、様々な場所、様々な魂。お前が探す男、ヘスス・グアハルトはこの時代にいない。エミリアーノ・サパタの最期を見届けろ。時の戦士。お前が欲しいものをそのなかで得るがいいだろう」

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