種明かし
タクシーの運転手はトレーラー・パークには絶対に入らないと言った。料金を倍払うといっても、首を縦には振らなかった。欲の皮の突っ張った同業者が何人もパーク内で撃たれていた。パークは国家内国家であり、白いシーツをかぶり南部連合旗のベルト・バックルをつけたギャングたちがのさばっていた。闘牛の牛が赤いものに興奮するように、パークの人種差別主義者たちは黄色いものに反応した。だから、タクシーとアジア系が撃たれるのだ。紫苑が足を踏み入れたのはそんな場所だった。キャンプ用のトレーラーでできたスラム街のいたるところでビールの空き缶と改造自動車、破壊された端末機と手足を失ったアン・グロ戦争のベテランが目についた。だが、彼らの目にはそれ以上に紫苑の姿が目に焼きついたはずだった。パークにアジア系が一人でやってきたのは五年ぶりの出来事だったのだ。
「うそ。これ、幻覚? だとしたら、ラッキー。クズみたいなハッパだと思ったけど、すっごい効くじゃん。ハロー、あたしの幻覚ちゃん。あたし、サンシャイン。あんたは? ああ、そうか、幻覚に名前ってあるのかな?」
「わたしは幻覚じゃない」
「じゃあ、本物? え? ちょっと待って。ここ、白人至上主義者の巣だよ。どんなドラッグやったら、そんな無謀なことできるの?」
「人を探してる。デイヴィッド・ジョン・ダンフォード」
「ちょっと待って。考える前に、一発キメるから……うう、きた、これは効くぜぃ……デイヴィッド・ジョン・ダンフォード、デイヴィッド・ジョン・ダンフォード……ああ、バッド・デイヴィのことか。来なよ、幻覚ちゃん。案内したげる」
案内役を買って出たサンシャインは出会う住人全員に紫苑のことをバッド・デイヴィの隠し子でこれから認知させに行くところだと説明してまわった。サンシャインは三十歩進むたびに振り向いて、チベット・ハーブを勧めてきた。紫苑は断り、サンシャインは肩をすくめるが、また三十歩進むと紫苑の返事をすっかり忘れて、チベット・ハーブを勧めてくるのだった。ショートヘアにぴったりとしたフェイクレザーのスリーブレス・ボディスーツ、ブーツは尖った爪先にメキシコ風の銀装飾がされていて、胸の前で交差させた黒い革の弾薬ベルトに差さっているのは銀の弾丸。反社会的音楽嗜好者のようなファッションだが、ピアスは痛いのが怖くてしていないし、たれ目気味の顔つきは優しい。職業はヴァンパイア・ハンターだと言っていた。
サンシャイン曰く、人と吸血鬼を見分けるコツはスナックの袋の開け方だという。スナックの袋を開ける際、袋を左右から引っ張る力の黄金比というものがあり、これさえ心得ておけば、袋が派手に破けて、スナックをばらまく心配がないが、吸血鬼はこのコツを心得ていない。不器用にスナックをばらまくやつがいたら、たとえスナックの味がガーリック・バーベキュー味だとしても、吸血鬼なのだ。
紫苑はどうして自分はサンシャインと一緒にいるのか分からなくなり始めたが、偶然の皮肉で二人の付き合いは長くなる。ときどき、そういうことがあるのだ。出会ったきっかけはきっかけというほどの目立ったこともないのに、振り返ってみると惑星と衛星みたいに長い付き合いになる。もちろん、どちらも自分のほうが惑星だと信じている。惑星は青く、ほのかに光り、心地よい。それに対し、衛星は灰色で、影があり、どこか融通のきかなさそうなところがある。
ダンフォードのトレーラーの前に着くと、紫苑はサンシャインに外で少し待っててほしいと頼み、ドアの前に立った。紫苑は腰をひねって刀を抜くと、一瞬の旋風の後、ドアが真っ二つになった落ちた。そのまま部屋に滑り込むと、ダンフォードは布団をかぶったまま簡易寝台から転がり落ちて、ショットガンを手探りで探していた。ショットガンはぶつ切りになり、布団が引っぺがされた。経歴書に載っていた写真よりも太っていたし、頭髪も薄くなっていたが、間違いなくダンフォードだ。刀の切っ先がダンフォードの目の前に突きつけられると、なぜ少女がやってきたわけを理解したようだ。
「デイヴィッド・ジョン・ダンフォード。新しいカンパニーでのあなたの役割をこたえなさい」
「なあ、なにかの間違いじゃないか? おれはただの酔っ払いで、カンパニーなんて言われても、なんのことか――」
紫苑の蹴りがだぶついた腹にめり込む。
「もう一度たずねる。カンパニー、なにがあったのか言いなさい」
ダンフォードはあえぎながら、言葉を途切れ途切れにこたえた。
「おれを見てみろよ。いまのおれがカンパニーに、新しいカンパニーなんかに関われるはずがない」
「戦争終結直前、あなたは中佐でカンパニーを全滅した部隊を指揮していた」
「……」
「カンパニーを全滅させたとき、なにをしたのか言いなさい」
「保管、したんだ。損傷の少ない死体を。研究所の連中はおれが知らないと思っていたが、おれはカンパニーの体内のナノマシンが詳細なデータを取得してることを知っていた。軍を追い出されるのは確実だったから、退職金がわりにデータを取る目的で死体を冷凍睡眠会社に保管した」
「会社の名前は?」
「スカイラン・コールド・カンパニー。ダウンタウンのハロラン・ストリート四一〇だ」
「解放キーを出しなさい」
「……いくら払ってくれる?」
「生きたままバラバラにしないであげるわ」
「ちくしょう! あのシャーベットどもがいなくなったら、おれは本当に無一文だ!」
「生き残りがいる」
「……は?」
「ファースト・カンパニーには生き残りがいる」
「そんなはずはない。みんな死んでる。死んでるはずだ」
「身長約一七〇センチ、痩せ型、少し癖のある髪を後ろで束ねていて、顔は端整だけど、それ以上に表情が冷たい」
携帯端末からホログラムを照射して、ロドフを殺したときに撮影した青年の、いまにも抜刀しようとしている姿をほこりの舞う部屋に照射した。
ダンフォードは顔を蒼白にして、震え出した。
「そんな――まさか、だって、こいつはあのとき殺した……注射はしなかった……」
「どうしてカンパニーを全滅させることができたの? あなたが率いていたのは普通の特殊部隊に過ぎなかった」
「……酵素だよ」
「酵素?」
「全てのカンパニーの心室内には嚢があって、そのなかに神経毒が内臓されていた。その嚢は血液に溶ける仕組みで神経毒を外に出さないためには嚢を再生し続ける必要があった。そのためには特殊な酵素が必要だ。酵素の寿命は四十八時間に設定してあった。四十八時間以上、酵素を注射しなければ、嚢は溶けてなくなり、神経毒があっという間に全身にまわる。考えてもみろ。カンパニーは恐ろしく戦闘能力が高い。それが自分たちに向けられたらと上層部が考えるのも当然の話だろ? 保険のつもりでつくっておいた毒は結局、全てを隠蔽するために役に立った」
「生き残りにはそれが作用しなかったようね」
「くそっ、おれなんかよりももっと悪党がいるだろうが! なんで、おれなんだ!」
紫苑はダンフォードの喉をつかんだ。げえっとうめき声が上がる。
「それはわたしがききたい。セカンド・カンパニー。なぜ、わたしなの? なぜ、わたしたちなの?」
外で銃声がした。ガラスに蜘蛛の巣のようなヒビが走り、サンシャインがトレーラーのなかに飛び込んできた。
「伏せろ、幻覚ちゃん!」
咄嗟に頭を抱えて、体を床に投げ出す。けたたましい銃声とともにトレーラーの薄っぺらいプラスチック・ボードが蜂の巣になり、砕けた酒壜、破裂したテレビ、火のついた古雑誌が降り注いだ。サンシャインは仰向けに寝転ぶと、クロームメッキした〈砲兵隊〉リヴォルヴァーを抜いて、ドアのほうへ撃った。ちょうどTシャツに南部連合旗をプリントした男がショットガンを低く構えて飛び込んでくるところだった。男は壁に叩きつけられた。都市迷彩プリントがされたフルオート・ショットガンが鹿弾を天井に連射し、屋根をビニールのボロくずに変えてしまう。紫苑は弾痕の一つから外を見た。三角に尖った白いかぶりものをした男たちがゴミ缶やスクラップに隠れて、ショットガンやサブマシンガンの弾をトレーラーに浴びせていた。
「怪我は?」
「ない」
「バッド・デイヴィは?」
ダンフォードはうつ伏せになっていた。ひっくり返すと、顔のあるべき位置に大きな穴が開いていて、血がごぼごぼ泡立っている。
「死んだ」
それは好ましい報せとは言えなかった。外を囲った〈ディキシーズ〉の連中はアジア系の小娘が白人の男をいたぶっていると通報され、集まったのだ。外の男たちはバッド・デイヴィの解放を要求していたが、それを不可能にしたのは彼らの弾丸だった。
「どうしたもんかな?」
「わたしが道をつくる」
「刀一本で?」
紫苑はこくんとうなずいた。
「そんな無茶な――って、え?」
紫苑の姿が青い影となって消えた瞬間、外にいた男たちは疫病にでもやられたみたいにバタバタ倒れた。紫苑は苦しそうにせき込みながら、曇り一つない刀を納刀した。




