リトル・パレルモ
ジュセッペのラスト・ネームは分からない。イタリア系マフィアの世界ではやたらと人のラスト・ネームをききたがるものは盗聴マイクをつけていると疑われるので、三十年来の付き合いでもファースト・ネームしか知らないことがよくあった。ジュセッペは第六地区のノースエンドにある〈リトル・パレルモ・ソーシャル・クラブ〉という小さなカフェの持ち主だった。警察資料によれば、そこはマフィアのたまり場で、天気がいいと、ガローニ・ファミリーの面々が集まって、店の表で日なたぼっこをした。
「見ろ。ガローニ・ファミリーが勢ぞろいだ。フィル・サリート、ジョーイ・トレダーノ、ラリー・ゼネリ、カーマイン・ダンブロージオ。あそこにいるのは幹部のボビー・カルディロか? のんきにエスプレッソなんか飲みやがって。あの店の奥にはドンがいる。サルヴァトーレ・ガローニその人がな。やつらの起訴状を積み重ねれば月まで届くってのに、おれたちはやつらに手出しができないときてる。いまいましいくそイタ公どもが」
監視役の捜査官の言う通り、店の奥のテーブルにはサルヴァトーレ・ガローニがいた。七十六歳のマフィアのドンはここで日課のダブル・エスプレッソを飲み、新聞を読んだり、八十歳の相談役ドミニク・ロロッツァとカードをしたり、昔を思い出してお決まりのジョークをやり取りしたりしている。だが、〈リトル・パレルモ〉の部屋の片隅に座って見ていれば分かるが、様々な人間がガローニと話をしにこの家庭的な小さな店へとやってくる。弁護士、ビジネスマン、政治家、判事、警察署長、コロニー官僚、映画俳優、労働組合の支部長、まれに他のファミリーの大物がやってきて、話をする。だいたいは、はまり込んだ問題の解決に力を貸してくれないかというものだ。客たちはそれを十分か十五分話し続ける。そして、突然、ガローニが手を上げると、しゃがれ声でなにかをささやき、それで様々な問題は消えてなくなる。相手は何度も礼を言いながら、店を出ていく。〈リトル・パレルモ〉はマフィアの老人ホームではなく、総司令部だったのだ。
監視役の捜査官たちはガローニやボビー・カルディロのことは家族構成から殺したかもしれない男たちの名前までなんでもで知っていたが、ジュセッペのことはただのカフェのオーナーくらいにしか見ていなかった。いつもニットタイを締め、カーディガン姿でコーヒーカップを運ぶこの老人。アンティークなエスプレッソ・マシンの機嫌を取るコツを心得ていて、エブロ・シティで一番うまいエスプレッソを淹れるジュセッペがガローニ・ファミリーで最も殺害数を稼いでいる殺し屋だとは夢にも思わない。薄くなった頭髪と白い髭に優しい顔つきをしたジュセッペは大学教授か稀観本のコレクターにしか見えなかった。だが、サルヴァトーレ・ガローニがいつもの席からジュセッペを呼んで、「少ししんどいことを頼みたい」と言ったら、それは暗殺司令であり、標的の命は消えたも同然だった。
捜査官たちがもう一つ見逃していることがある。それはここ三か月、〈リトル・パレルモ〉の二階に住むようになった少女のことだ。




