野外訓練
軍学校とは言うが、アインス養成学校は軍人より学校色が強い。
登校時間最終は九時で、その間に登校して自分のクラスに入ってしまえばいい。寮での就寝時間も各々が考え、自由である。
何故こんな風になったか、それは“貴族”が多いからだ。貴族の中でも、〈七大貴族〉の息子娘達が多く通うため、下手に厳しくして学校をやめられでもした場合、文字通り教官の首が跳ぶ。
アインス養成学校の歴史上、何件かはそういった事例があるため、アインス養成学校は緩い学校となった。
必然、そんな緩い学校と軍人として厳しく鍛えられた学校が激突すれば、結果など火を見るよりも明らかだ。たとえ表面上は悔しがっていても、生徒の心の中は負けて当然という色に染められてしまっている。
そして今回も、緩い緩い軍事訓練が始まる……そう思われていた。
***
「班分けは以上だ。これは実力差を考慮した上での俺の判断だ、異論は認めん」
イーバが“俺の”と嫌に強調したせいで、反論の火を上げようとしていた生徒は尻すぼみしていき、瞬く間に鎮火された。
「お前らに渡した黄色いフラッグがあるだろ? あれは必ず、肌身離さず持ち歩け。それを破壊、奪われたものは失格、不合格だ。追試もあるから真面目にやらないと、痛い目見るのはお前らだぞ」
追試、という言葉を聞いて、やる気のなかった生徒の顔が真剣みを帯びる。
現金なヤツらだなと思いつつも、サイはイーバのことを高く評価した。貴族に尻込みせず憮然と立ち振る舞い、余裕に満ち溢れた姿は並の貴族より貴族らしい。
ただ、咥え煙草はいかんとしがたいが。
「いいか、今回の軍事訓練の目的は敵にフラッグを破壊、奪われず、生き残り、なるべく生き残ることだ! 目的の意味をちゃんと考えれよ? 以上、終了は三回の鐘が鳴った時だ。お前らの健闘を祈る」
イーバが早々に退場すると、生徒達は今回の訓練場所であるオルバ山に入っていた。
サイ率いるC班も深い山に入ろうとしたところで、サイが一度引き留める。
「一度自己紹介したが、今日の訓練は連携も必要だ。付け焼刃だが、少しでも連携を高められるようにもう一度自己紹介しよう」
「はあ? 何でそんなことをしなければ」
「俺はいいぜ」
「私もだ」
「……わかりましたわ。やればいいんでしょう? 私から自己紹介をしますわ。まあ、知ってる者も多いでしょうが、私はイリア・ライトニクス。このムーンライト帝国の守護の一端を務める〈七大貴族〉の雷の貴族ですわ!」
絹糸のような金髪を縦に巻き、高らかに笑う。しかし、残念なことにイリアのことを知っているのは、同じ〈七大貴族〉のサイだけだ。
ポニーテールの少女とアッシュブロンドの少年は、高笑いしているイリアを見て、ポカーンと口を開けている。
自分のことを知らないとわかると、顔を赤らめて恥ずかしそうに下がった。
「んじゃ、次は俺か。俺はキース・ハインリヒだ。帝国でもかなり辺境の地に住んでいたから、貴族のことは何も知らねえんだ。悪いな」
キースの軽い口調に、イリアは形の良いキレイな柳眉を吊り上げるが、寛大な貴族を見せたいのかニコリと笑う。……小刻みに肩を震わせてはいるが。
「私はミサキ・ヒイラギ、東方の国オリュウズの出身だ。よろしく」
「東方……ああ、あの野蛮な国の」
「……イリア・ライトニクスといったか。今の言葉は訂正してもらおうか」
艶のある漆黒の髪を白い布で結った一房の髪が揺れ、腰に下げている刀に手が伸びている。紅の瞳が怒りに燃え滾り、C班はいきなり一触即発の空気だ。
キースが目でサイに語り掛ける。この空気を何とかしてくれ、と。
サイも返す。お前が何とかしろ、と。が、キースは下手くそな口笛で明後日の方向を向いている。
「あら、刀に触れてる手が見えるのだけど、私の考えは間違いかしら?」
「ああ、間違いだ」
仕方なく、サイは両者の間に入った。
「……何が間違いなのかしら? ウィンストーラさん」
「オリュウズの国民は国に対する忠誠心は、他の国と比べても随一だ。……貴族教育でも、他国の悪口を表で言うなって教わらなかったのか? オレ達は〈七大貴族〉の末端だ。帝国を代表する貴族の言葉が、そのまま国の考えと捉えられて戦争問題に発展したらどうする気だ?」
「む、むぅ」
「ヒイラギ、ここは他国だ。オリュウズではわからないが、あんな挑発程度で武器を構える沸点の低い国だと思われるぞ? 侮辱には違いない。だけど、ここは抑えてくれ」
「あ、ああ」
刀から手が退き、サイは小さく息を吐いた。
これから道中、こんなことが続くようなら身が持たない。そんなことを考え、残った自分の自己紹介を簡潔に終わらせた。
「オレの武器は刀、ヒイラギも刀、ライトニクスは魔法弓で、キースは……」
「俺の獲物はこいつだ。つーか、何で俺だけ名前呼びなんだよ」
「お前はそんな事を気にするほど、繊細な男なのか? それより、それは魔法銃か? 〈七大貴族〉も知らないヤツが、帝国の最新武器を?」
「ちょっと、とある人にテスト要員になれって頼まれててな、心配するな。俺は的も女も、狙ったものは逃したことはねえ!」
魔法銃を片手に、虚空に標準を定めて百発百中を宣言しているが、生まれてこの方、女性を手に入れたことなどない。たとえ、いい雰囲気には持っていっても、最後には必ず平手打ちが待っているのだ。
前衛二人に、後衛二人。バランスとしてはいい方だろう。
サイは、イーバから受け取っていた黄色のフラッグをイリアに渡す。
「……これは?」
「フラッグ」
「そんなことはわかっていますわ! 何故、大切なフラッグを私に渡すのかを聞いているのです!」
「理由か。オレとヒイラギは、前衛の分、やられる可能性は後衛より高い。ライトニクスに渡すのは、キースみたいな軽いヤツに渡すと、どこかに落とされそうだからだ。そして何より、弓術の腕と魔法の腕を高く買ってるからだ」
「そ、そうですか。まあ、あなたにそこまで言われたら、仕方ないですわね」
頬が緩みそうになるのを必死にこらえるイリア。サイとヒイラギはどこから入ろうか話していたのでイリアの顔は見れなかったのだが、隣にいたキースにはばっちり見られていた。
からかうような笑みを浮かべ、キースは下手な口笛を吹きながらこの先が楽しみだなあと思った。
「よし、行こう。……? ライトニクス、顔が赤いようだが大丈夫か?」
「な、なんでもありませんわ! それより、家名で呼ばず名前で呼んでくれませんこと?」
「ライトニクスがそう言うなら、そうしよう。オレのことも名前で呼んでくれ。よろしく、イリア」
「よ、よろしくお願いします……ですわ……」
「ほらほら、ラブコメってないで行こうぜ。いい加減行かないと、イーバがブチ切れるぞ」
「そのようだな。さっきから睨んでいるしな」
ミサキの言う通り、いつまでも出発せずに立ち話をしているC班を鋭い眼差しで睨みつけている。
C班一同は、イーバの眼差しから逃れるように深い深い森の中へ入っていった。




