アインス養成学校
「くっそ。雷雲に突っ込むとか、バカか? パイロットの名前を調べ上げて、クビにするぞ」
時刻は午後一時。定時刻通りにサイが乗っていた飛行船が出発した。しかし、不幸なことに乗り合わせた飛行船のパイロットは今日が初のフライトだったため、雷雲を回避することは出来なかった。
サイはパイロットをボロクソに言っているが、悪いのはパイロットではなくサイの父、ロイが裏で手を回して航空会社を脅したために起こった不幸な事故である。
幸い、墜落事故といった大事故に至らず、飛行船を動かすエンジンが損傷したため、チェルス州に隣接するワルグ州の空港に緊急着陸した。そこから航空会社の従業員全員が涙を流しながら、チェルス州行のチケットと最新の高速飛行船とその道四十年のベテランパイロットを渡してサイが空の彼方に消えるまで土下座して見送った。
どんなに最新の高速飛行船であろうと、時間を跳躍することは不可能である。
チェルス州の空港に着陸してすぐに飛行船から飛び降り、苦なく着地してあらかじめ航空会社が用意してもらった早馬に乗ってこれから通うアインス養成学校を目指した。
「酷使して悪いが、もっとスピードを出してもらうぞ!」
「ヒヒーンッッ!!」
ぐん、とスピードがさらに上がり、振り落とされそうになるも持ち前のバランス感覚と下半身の筋肉でなんとか持ちこたえる。
十分ほど走った頃だろうか。学校の門らしきものが見え、サイは目を鋭くさせて早馬にもっとスピードを出すように指示した。
前方の門は既に締め切られており、とても通ることは出来ない。
門の両脇には、二人の屈強な守衛が何事かと手に持つ槍でサイ達を威嚇し始めた。
「止まれ!」
「止まれって……。こっちは急いでんだよ!」
守衛を無視し、さらに加速する。このままでは門にぶつかるはずだったが、守衛の目の前で信じられない事が起こった。
サイの「ハッ!」という呼気と共に、早馬が跳び……否、“飛んだ”のだ。
空を駆ける早馬とサイを呆然と眺め、高くそびえ立つ門を優に越えて着地したところで意識を戻す。
「な、何てヤツだ! 侵入者なんて前代未聞だぞッ! このままじゃ俺達の首が……」
顔を真っ青にして泡を食う守衛。一方、もう一人の守衛は侵入者が落とした手帳のようなものを拾い、中を確認した。
泡を食っている守衛とはまた違った意味で顔を青ざめて、仲間に手帳の中身を見せる。
「おい、これを見ろ!」
「何だよ……ん? この手帳って、ここの学生手帳じゃねえか。名前は……へ?」
サイ・ウィンストーラ。学校側からの通達で、遅れてくるという話を聞かされていた。
だが、あんな派手に登校してきたのは、兄のロッドが金の馬車で登校して来て以来だろう。
「あれが……ウィンストーラ家の次男」
「ああ。魔法、勉学はからっきし出来ない、貴族からの嫌われ者っていう噂だな」
「貴族は魔法が全てって思ってるからな」
「代わりに、武術という一点だけは他を画している。それだけにおしいな」
「そうだよな。あれ、何だっけ? 確か……」
「〈風剣〉。学生の身で、二つ名持ちだ。これで魔法が使えたら、勝てる者はいないんじゃないか?」
***
「クシュンッ! ズズッ、風邪か?」
守衛が噂していることなど知らないサイは、自分が割り振られた1-Aを目指していた。
空港からずっと走りっぱなしで疲れ果てた早馬を近くを通った用務員に引き渡し、頭に叩き込んだ地図と通った道を照らし合わせて進む。
いつも腰に下げている自慢の武器がなく、心もとない中、1-Aの看板を下げる教室を見つけ、意気揚々と扉を開け放った。
「申し訳ありません。自分が乗った飛行船が事故に遭い、遅れてしまいました」
静寂。突然の出来事に驚く生徒一同だったが、教壇にいた男は大して驚きもせず、煙草を咥え直す。
「サイ・ウィンストーラだな。話は校長から聞いてる。席はテキトーに座ってくれや」
「…………」
「あ? どうした、俺の顔に何かついてるか?」
「いえ、何も」
顔立ちも雰囲気もまるで違う。だが、咥え煙草を見ると、自分をこの世界に無理やり転生させた神を思い起こさせて、憎しみが溢れそうになった。
とは言うものの、たかだか煙草一つで男に斬りかかるほどサイも優斗も沸点は低くない。
男はおそらく1-Aの教官だろうと当たりをつけ、大人しく空いている席に座ると、どこからか声が上がる。
「重役出勤ですか、良い御身分ですねー。いくら〈七大貴族〉でも魔法が使えないクズのくせによー!」
声の主はサイの席から遠く離れた廊下側からで、ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべていた。
燃えるような赤色の髪がツンツンと逆立ち、自身に満ち溢れた目が嗜虐に染まっている。
ザイル・ファイアランス。〈七大貴族〉の一つ、火の貴族の嫡男だ。
「貴様の耳は一体何で出来ているのだ? 事故で遅れたと言っているだろう」
「どうだか。本当は学校に来るのが怖くて、ロイさんに無理やり連れて来られたんじゃないのか? 腰抜けサイさんよー」
「それで挑発のつもりか? 穴蔵のファイアランスは穴を掘るのに精が出て、口と頭が退化しているようだ」
「ああ? ぶっ殺すぞ!」
サイとは違い、沸点が低いザイルは席から勢いよく立ち上がり、椅子が派手に音をたてる。
バガンッッ!!
椅子とは格段に違う音が教壇から鳴り、生徒の視線が一斉に向いた。
「……やめろ。この学校は校則では貴族も平民も同様に扱うことになっているが、暗黙の了解で実際は貴族に媚び諂い、平民に厳しく当たる教官が多い。が、俺は違う。どんな状況、どんなことがあろうと、この学校の生徒である限り、俺は平等に扱う。わかったら、今すぐ席につけ。ファイアランス、ウィンストーラを貶すのもいいが、逆に挑発されて拳を構えてどうする。そんなんじゃ、いつまで経っても武術でウィンストーラに勝てんぞ。ウィンストーラも、やたらと挑発するな」
サイもザイルも、今さっき男が叩き潰した教官用の机に視線がいっている。
ザイルは舌打ちしながら椅子に座り、サイは大人しく座った。
男は静かになった教室を見渡し、煙草を窓から捨てる。
「よし、これでさっきの続きが出来るな。俺の名前はイーバ・スコラトス。お前達の教官であり、ムーンライト帝国空軍第四空挺団に所属している。階級は少佐だ」
イーバの経歴に、生徒は瞬く間に騒ぎ出した。
空挺団とは、地上の部隊を飛行船、または飛行艇で輸送し、敵地に侵入させる部隊のことを差すが、帝国では意味が違う。
敵地に送り、侵入させるのではなく、敵地に“行き”、侵入“する”のだ。
空挺団は帝国の最精鋭で、その中でも第四空挺団は別名、〈死の鷹〉と恐れられている。
精鋭中の精鋭、おまけに少佐とくれば、このムーンライト帝国でも指折りの実力者と言える。
そんな人物を怒らせ掛けたのかと思うと、サイは背筋が凍りつくのかと思った。
「俺のことは後だ。これからのことを話すぞ。これからお前らを待ち受けているのは、訓練の連続だ。訓練、訓練、訓練、そして実戦だ。訓練に耐えられるように、今日は寮に帰ってしっかり食べてしっかり寝るんだな。あと、来週の頭から野外訓練があるからな。以上、終わり」
そう言うと、教室からとっとと出ていった。今日は入学式と簡単なオリエンテーションだけなので、新入生は寮に帰るか、訓練場で鍛錬に励むか、図書館で勉強するかの三択に分けられる。
1-Aの生徒も思い思いに教室から出ていく。
物好きな生徒(ザイルとその取り巻き)はサイに挨拶という名の罵倒を送り、高笑いを上げて帰っていった。
「物好きな連中だな。さて、あんなバカ共は放っておいて行くか」
サイが目指すのは、図書館。そこで魔法を独学でだが、学ぶのだ。
「サイとしてのオレは、魔法なんて勉強も名前も聞きたくないんだな。だが残念なことに、優斗としてのオレはこんな世界に来た以上、使えなくても魔法を学びたい。魔法を知るってことは、魔法の長所と短所を知り、戦う上で絶対的に有利になるはずだ」
まるで誰かに話しかけるように言う姿は、他から見れば明らかに精神異常者である。
サイは何度も自分に言い聞かせるようにすると、スッと喉につっかえた小骨がとれたような感じがした。
──はあ。まったく、面倒な体になったものだ。二重人格ってわけでもないのに。
自分で自分を言い聞かせるのはなんとも滑稽だな、と自分を笑いながらまだ見ぬ叡智を探す。
三日に一回に一話投稿したいと考えています。すでに厳しい状況ですが。




