勇者を手助けするために転生させられました!
「ん……夢! ──じゃ、なかったか」
優斗が目を覚ますと、まず飛び込んだのが天蓋であった。上半身を起こし、辺りを見回しても値が張りそうな数々の調度品が飛び込んでくるだけで、頭が痛くなってくる。
──本当にオレは転生したのか? いや、前世として覚醒するとか言ってたな、あのクソ野郎。
救世神の横暴ぶりに怒りを燃やしていたが、もうそろそろ朝食の時間ということに気付き、慌ててシルク製のパジャマからこれから通う軍人養成学校の制服に着替えた。
優斗は鏡で変なところがないか確かめる。その過程で、自身の“今の”姿を鏡で確認した。キレイな緑色の髪を肩口まで伸ばし、琥珀色の大きな瞳と整った顔立ち、体つきは華奢に見えてかなり鍛え抜かれている。
相田優斗であった頃とはまったく違い、ずいぶん優男になったなと苦笑いを浮かべた。それと同時に、自身の感情に戸惑う一方である。それも当然であろう。相田優斗にしてみれば、突然事故死に遭い、救世神に半ば強引に転生させられているのだ。
その一方で、サイ・ウィンストーラはいつも通りに起きたら、知らない名前、記憶、経験、人格が覚醒し、融合するような形になっている。
一瞬で起きた出来事。考える暇もないまま、優斗──サイは家族が待つ食堂へ向かった。
ウィンストーラ家は、ムーンライト帝国での権力は三番目に高い。一番高いのは皇帝、皇族で二番目はウィンストーラ家と同じ〈七大貴族〉であるシャイニーズ公爵家とダークルス公爵家の二家。三番目は他〈七大貴族〉となっている。
三番目の権力を持つだけに、それを誇示するかのように屋敷はバカデカいものだ。
……つまり、サイは朝食の時間に遅れたのである。
「貴様! 朝食には遅れるなといつも言ってるだろうが!」
ブタのようにまるまると太った大男が、サイに罵声を浴びせた。それに便乗し、サイと同じ学校の制服を自己流に改造したものを着る男が冷笑を見せる。
「父上、仕方ありません。魔法もろくに使えないクズなんですから」
「コラ、弟をクズなんて言わないの」
「サイ兄様は魔法は使えませんが、それを補えるほどの有り余るものがあります」
「ふぅ、母上も我が愛しい妹もこんなデクに甘いです。私に言わせれば、ウィンストーラ家を名乗っているのが不思議なくらいです。私なら、あまりの恥ずかしさに偉大なる家名を汚さないために捨てますよ」
しきりにサイの兄、ロッドがサイを罵倒するのを注意する母、サライヤと妹のサーヤ。
だが罵倒は朝食が運ばれるまで、終わることはなかった。
「そういえば、夏の終わりに〈四聖祭〉があるな。今年こそは、絶対に帝国一の座をあの憎いシャイニーズの嫡男から奪うのだぞ。ロッド」
「わかっています。私も、去年のことは屈辱に思っています」
〈四聖祭〉。正式名称は四聖剣祭という名で、ムーンライト帝国が保有する四つの聖剣にあやかった祭りである。祭りの日に合わせて行われるのが、帝国にある四つの軍人養成学校合同で行われる武術大会だ。
〈四聖祭〉は軍でも高位の人物が未来の軍人を見るために視察に来るため、学生にとっては良いアピール場となっている。
ロッドは去年学校代表として出場し、シャイニーズ家の嫡男と戦って完膚なきまでに負けた。
サイは当時の事をよく覚えている。
まさか開始三秒で倒されるとは。〈四聖祭〉の歴史を顧みても、そうはないだろう。
「サイ、貴様も今年から参加するのだ。……無様な試合だけは晒すなよ?」
まるまる肥え太った容姿の割には、しっかりと食事のマナーを守る父、ロイ。
その所作はとてもキレイで、容姿がまともならばきっと妾を何人も侍らせていただろう。
……視線は誰も寄せ付けないような、殺気を孕んでいるが。
「……全力は尽くします」
「ふん、全力程度、誰でも出せるわ」
「もう、あなた!」
「……ふん」
サライヤに窘められ、しぶしぶといった体で食事を再開した。
サイは食が進まず、早めに切り上げて自室へと戻る。
「ちっ。サイの記憶として知ってはいたが、ひどいな。剣術はいいとして、魔法がまるで使えない。こんな状態で勇者の手助けだと? 完全に足手纏いじゃねぇか」
自室へ戻り、救世神に悪態をついた。
剣術の腕。サイは幼少の頃に出会った老剣士に指南を受け、〈サクラ流〉の皆伝を貰っている。
その実力は既に学生の域を超えている。
が、それでもサイの模擬戦の平均勝利数三割行くか行かないかだ。たとえ剣術の腕がすごくても、魔法の力はひっくり返す。
「考えても仕方ない、か。勇者を手助けするかは別として、この世界に来たからには魔法は使ってみたいな。っと、飛行船の時間に乗り遅れるな」
家具や教材は学校に送っているため、行きに荷物は必要ない。
屋敷を歩く中、使用人達が恭しくお辞儀する。優斗の世界で見ない使用人が目の前に存在するせいか、ぎこちなくなってしまう。
使用人はサイの挙動に不審を抱くも、仕えている人の息子のため何も聞かなかった。
「サイ兄様!」
ウィンストーラ家の屋敷から十分歩いたところにある飛行船の発着場で飛行船の発進を待っていると、サーヤが護衛を引き連れて現れた。
「サーヤ? どうしたんだ」
「もう、何も言わずに行かないでください! 次会うのは、夏休みなのですよ?」
お冠のサーヤを宥めるため、頭に手を置いて柔らかい緑色の髪を撫でる。
すぐに目を細めて気持ちよさそうにして、サイのなでなでを受け続けた。
「……って、こ、これで許されるとは思わないでください!」
顔を真っ赤に染めて、サイの手を優しく払う。強く振り払わない辺り、サーヤの優しさが窺える。
「こほんっ。サイ兄様、お体には気を付けてください。それから、剣術もほどほどに。あまり入れ込んで、成績を落とせば本末転倒ですからね? それから──」
飛行船が来る間、サーヤのねぎらいとも苦言ともとれる言葉を聞かされ続け、飛行船が到着する頃にはへとへとになった。
兄と離れるのが寂しいという妹心がわかるからこそ、耐えられるものであろう。
飛行船の窓からサーヤが見え、手を振った。
「妹……いいもんだな。あのクソ兄貴はいらねえけど」
ウィンストーラ家が治めるハーザングス州から、学校があるチェルス州まで約三時間。
現在時刻は午前八時で、入学式は正午十二時からだ。
到着しても十一時、間の時間をどう過ごすか考えていると、いつの間にか眠りに落ちていた。




