プロローグ 神との邂逅
相田優斗は目を覚ました時、まず疑問を持った。
──何故自分が生きているのだろうか?
意識を失う直前の景色は、居眠り運転している運転手と五トントラックというものだ。
自分の体をくまなく触り、異常がないか確かめる。大きく身体を動かしてもみたが、全く異常がみられない。
だが、おかしい。“異常がない”という事が異常である。
五トントラックはねられれば、即死ものだ。運よく助かったとしても、何らかの後遺症が残っているはずである。
何より、周りの景色がおかしい。病院に運ばれて白いベッドの上ならわかるのだが、起きた場所はなんと雲の上、空なのだ。
優斗は不可思議な出来事に呆然としていると、彼の目の前に突然白く輝く二つの玉が現れた。
「な、何だ!?」
二つの玉がグニャリと歪むと、一気に肥大して人型の形となる。
一人は女性の姿形をしており、金糸のような金髪を背中辺りまでまっすぐに伸ばし、出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいるという異性からは魅力的に、同性からは嫉妬と羨望の眼差しを浴びられるような容姿をしていた。
その一方、もう一人は男だが、女性と比べて中々に酷い有様だ。目の下に存在する大きな隈と咥え煙草が整った顔立ちを台無しにしている。
女性はキラキラと光沢を放つ真っ白なドレスと羽衣で、自身の美しさを際立させていた。だが男は、ヨレヨレで汚れきった白衣に身を包むというみすぼらしい格好である。
両極端の二人の登場と今の自分が置かれている状況の異常さに、優斗の頭の中は混乱の極みにいた。
始めに口を開いたのは、美人の女性。
「お気付きになりましたか? 優斗様」
「見りゃわかるだろ。お前の目は節穴か」
「むっ、あなたがいつもいい加減な仕事をするから、私が確認を込めて聞いてるんじゃないですか!」
「はっ! 俺様が、いつ、どこで、何を、どのように失敗した。あぁ?」
「あ……おい……ちょっと……」
気遣いから出たであろう女性の言葉に、何故か罵倒するみすぼらしい男。
優斗は目の前でいきなり喧嘩を始める二人を見て、こいつらは一体何しに来たんだと一周回って冷静になった。
冷静になってみると、やっぱりこの状況はおかしい。これは夢だ、明晰夢だと自身に言い聞かせる。
言い聞かせている時点で、現在の状況が現実だと認識しつつあるということに、優斗はまだ気付かないでいた。
「と、俺様の仕事ぶりについてはまた後だ。それより相田優斗、お前は自分が死んだことに気付いているか? 確かお前は、トラックにはねられた事による事故死だったか」
「……オレの記憶は、居眠り運転手とトラックを見て途絶えている。だがそれだけで、オレが死んだ事にはならないはずだ。もしオレが死んだと仮定して、あなた方はオレの魂を回収しに来た天使か? それとも悪魔か?」
「悪魔だぁ? 俺様をあんな馬鹿共と一緒にしてんじゃねぇ。あっ、この女は悪魔かもな。何せ、俺様の処理能力以上の仕事を持ってくるからな」
「それは“神様”が書類仕事をしないで放っておくから溜まっていくんです! 自業自得ですよ」
「だぁぁぁぁぁ! 喧嘩するな! ……ん? 神様?」
女性の言葉に、反応する優斗。その目は、薄汚れた男に向けられている。
「ん、何だ?」
「いや、あなたが神だったら世も末だな、と思って」
「……喧嘩売ってんのか、クソガキィィィィ!」
「お、落ち着いてください神様!」
怒り狂う神に、それを止める女性。
──そういえば、この女は何者なんだ? 神と呼ぶ男の横にいるから、天使か? それとも……
しばらく暴れていた神は、大きく息を吐くと暴れるのをやめた。
「まあいい。二十も生きていないガキにキレるのも大人げねぇ。とりあえず自己紹介だ。さっきこいつが呼んだ通り、俺様はお前らで言う神だ。お前の世界を治めているヤツじゃないがな。んで、この女は俺様の支援兼お目付け役の女神だ」
「よろしくお願いしますね、優斗さん」
普段あまり女性と接点のない勇人は、女神の微笑みに思わず顔を赤らめる。
その光景をニヤニヤといやらしい笑みで見ていた神は唐突に真剣味を帯びた顔で優斗の目を射抜き、否応がなしに緊張を強いられた。
「お前にはこれから、ある世界に転生してもらう。転生なんて言っているが、実際にはある人物の前世として覚醒してもらう。その世界にすでに召喚されている勇者の手助けをしろ、いいな?」
「は? 転生? ふざけんな、絶対嫌だ。平和ボケした国で生きていたオレが、勇者なんてものを必要とする世界で生きられるわけないだろ!」
優斗が言ったことは、最もなことだろう。優斗が生きていた国、日本は凶悪な犯罪は起きるが比較的治安はよく、戦争などとは無縁のところである。
学校の成績は上位に食い込んでいるが、頭の回転が速いこと以外は何かに秀でていることはない。
そう自分を評価している優斗は、自らトラブルに飛び込む勇者と一緒にいては命がいくつあっても足りないと考えていた。
神の提案、というより決定事項を拒否した、その事実に神である男は驚く。
「何でだ、同じ人物としては生き返れないが、来世の自分として生き返られるんだぞ?」
「勝手に人を殺すな!」
「……あぁ、なるほどな。お前は“まだ”自分が死んでいることを認識できていないんだな。心配するな。転生すれば否応なしにわかるぞ。まっ、いきなりのことだから混乱するだろうから、情報をくれてやる。お前の転生先は、ムーンライト帝国の〈七大貴族〉、風のウィンストーラ侯爵家の次男サイ・ウィンストーラだ。んじゃ、ほいっ」
右手を優斗に向け、人間が発することのできない高周波で言葉を紡ぐと、優斗の足元がポッカリと穴が開いた。
スカイダイビングをしてみたいと密かな夢を抱いていた優斗だが、まさか初スカイダイビングがパラシュートなしとは夢にも思わなかった。
今だ長い長い夢の中、起きたらまた変わらない平穏な生活が待っている。優斗はそう思っていた。考えていた。願っていた。懇願していた。
この後の優斗の人生は平凡で、平穏なもので“あった”。
優斗の人生を、世界を、運命を狂わせた存在を知るには、まだ早い。
***
優斗が虚空に消えていったのを見送ることしかできなかった女神は、大きく溜息を吐き、自身の力の無さを恨んでいた。
あまりみない女神の姿に、どう言葉をかければいいか迷った神は素の自分でいいだろうという考えに辿り着く。
「……お前の気持ちもわからなくはないが、仕方ないだろう。すでにクソガキの住む世界の核は侵されていた。あそこから救うには、圧倒的に時間が足りなかった。手遅れだったんだ。そんな中、転生に耐えられるだけの魂を持つあいつを救えただけでも儲けもんだろ」
「それは……わかっています。しかし、彼を再び“あれ”に立ち向かせるのは如何なものかと! おまけに、記憶まで改竄させて! やり過ぎです!」
猛々しく燃え盛りそうな女神を尻目に、神は吸い終わった煙草を吐き捨てて新しい煙草を取り出す。
女神は吐き捨てられた煙草を瞬時に手に収めて、何の動作もせずに消し炭……どころか、灰も残らずに消し去った。
「神様! 煙草は吐き捨てずに、携帯灰皿に捨ててくださいと何度言ったらわかるんですか!」
「そう言うお前は、捨てる以前に灰も残ってないだろ」
「はぁ。神様、いえ、救世神様。何故彼に嘘を教えたのです?」
「嘘ぉ? あぁ、“勇者を手助けしろ”ってことか? あながち間違いでもないだろ。“自分”が勇者にならなければな」
伝えなかったのは別に、嫌がらせではない。救世神だけが持つ能力、〈最善の選択〉で選んだものである。
だが残念なことに、これは“最善”であって“最良”ではない。その選択が、ハッピーエンドに繋がっているとは限らないのだ。
「俺様が介入できるのはここまでだ。まぁ、近い内にまた介入するかもしれんが。っと、そろそろ時間だ、行くぞ戦乙女神。ヤツらとの戦は近いぞ」
「そうですね。早く連中を殲滅して、冥界の最奥に封じ込めないといけませんね!」
「……お前は時々、笑顔で恐ろしいことを言うな」
二人の神がその場から去ろうとする。が、一瞬だけ救世神は優斗が落ちていった穴を見詰める。
「──すまなかった」
その謝罪が何を意味しているのか、それは神のみぞ知る。
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