第7話:目覚めの純白天使ルシア~「おはようございます、私の神(マスター)」~
静寂が、荒野に満ちていた。
ロイドが額の汗を拭い、息を整えたその時――。
スゥ……と、機巧少女の両の瞼が持ち上がった。
現れたのは、夜空の星を閉じ込めたような、深く透き通る瑠璃色の瞳。
頭部には繊細な銀のティアラ、背中には折り畳まれた純白のミスリル製可変翼。そして身に纏うのは、ロイドが装甲表面の繊維組織を再構築して仕立てた、清楚かつ気品に満ちたフリル付きのメイドドレスだった。
少女はゆっくりと上体を起こし、自らのしなやかな指先を見つめた。
握る、開く。右腕を回し、新造された両脚で軽やかに大理石の大地へと降り立つ。
一歩、二歩。
まったく音を立てない完璧な重心移動。
そして彼女は、ロイドの目の前まで歩み寄ると、メイドドレスの裾を優雅につまみ、完璧なカーテシーを披露した。
「システム・オールグリーン。主機魔導炉、稼働率百二十パーセント。……生体認証シークエンス完了」
瑠璃色の瞳がロイドの顔をじっと見つめ、その形の良い桜色の唇が、柔らかく弧を描いた。
「おはようございます、私の神。古代汎用機巧天使七号機――個体名『ルシア』、只今よりマスターに全機能を捧げます」
「……ああ、おはよう、ルシア。無事に動いてよかったよ」
ロイドがほっとして笑いかけると、ルシアの首がコテンと小首を傾げた。
「マスター。本機の内部ログを照合いたしました。……本機は旧帝国軍の無能な司令官により『動かないポンコツ』として廃棄谷へ投棄され、三百年間にわたり機能停止しておりました。それを、ナノ単位の超精密解体とミスリル再構築により、完全なる初期状態を超えてアップデートしてくださったのは、マスターですね?」
「まあ、俺ができるのは掃除と修理くらいだからな」
「『くらい』ではありません。奇跡です。神の御業です。……本機の論理演算回路は、すでにマスターを全知全能の唯一神として恒久登録いたしました」
「い、いや、神様扱いは勘弁してくれ。俺はただの元・ゴミ拾いだ」
「訂正を要求します。マスターは『神話の解体士』です。そして――」
ルシアはスッと表情を引き締め、冷徹な美貌で谷の向こうの帝都の方角を睨みつけた。
「本機の索敵レーダーによれば、先ほどマスターを不当に侮辱し追放した愚鈍な生物群(勇者および伯爵)が存在する模様です。マスターの尊厳を汚す不純物は、すべて本機のミスリルバスターにて原子レベルで粉砕・消去すべき可燃ゴミと判断いたしますが、射滅許可をいただけますでしょうか?」
「物騒すぎるだろ! 許可しないよ!」
ロイドは思わず吹き出した。
見た目は完璧な美少女天使なのに、口を開けば超毒舌の絶対忠誠メイド。
だが、長年一人ぼっちでゴミ処理を続けてきたロイドの胸に、かつてない温かな灯がともったのは確かだった。
「ルシア、復讐なんてしなくていいさ。あんな連中、放っておけば勝手に自滅する。それより――俺たちの新しい家を作らないとな」
「マスターの仰せのままに。本機ルシア、これよりマスターの快適なスローライフを全力でお世話いたします」
純白のメイド天使は、嬉しそうにミスリルの翼をパタパタと羽ばたかせたのだった。




