第61話:満天のオーロラと星の新生~浄化の奇跡~
キィィィィィィィィィン……。
澄み渡る神聖な鈴の音のような高周波が天蓋の果てまで響き渡り、エデン上空数千メートルに浮かんでいた巨大な光の繭が、静かに、そして神々しく弾け散った。
紫黒色の重金属の暗雲に閉ざされ、永遠の夜を迎えるはずだった大陸全土の夜空を、一瞬にして埋め尽くしたのは――天の川をそのまま地上へ解き放ったかのように壮大で、息を呑むほど美しい七色の『創世のオーロラ』だった。
天から降り注いできたのは、爆風でも熱線でも、毒炎でもない。
数万年分の産業廃棄物とエントロピーをロイドの手によって極限まで分子解体・精錬され、星の原初の完全なる調和へと昇華された、純白とエメラルドグリーンの光の雨だった。
キラキラと輝く星屑の粉が、真冬の淡雪のように、初夏の恵みの雨のように、大陸全土の大地へと優しく、温かく降り注いでいく。
その光の雨が触れた瞬間――世界中で、神話の創世記すら霞むような奇跡の連鎖が巻き起こった。
サワサワサワサワッ……!
厄獣ウロボロスが這い進み、黒い死の砂漠へと変わり果てていた数百平方キロメートルにおよぶ荒野。
光の雫が砂粒に触れた瞬間、死んでいた砂漠は一瞬で湿り気を帯び、生命の息吹に満ちた肥沃な黒土へと生まれ変わった。
土の中から、無数の瑞々しい若草が勢いよく芽吹き、赤、白、黄、青、紫の可憐な野花が一斉に花弁を開いて、見渡す限りの広大な花畑の絨毯を作り上げていく。
毒ヘドロで埋まり、異臭と有毒ガスを噴き上げていた帝都跡地の巨大クレーターには、地下深くから滾々と澄み切った名水が湧き上がり、鏡のように青空と世界樹を映し出す巨大な水晶湖が姿を現した。
さらに、何百年もの間、鉱山や工場の排水によって汚染され続けていた大陸中の河川が、魚たちが飛び跳ねる清流へと一瞬で浄化され、酸性雨で立ち枯れていた山々の森林が、青々とした大樹の海へと蘇っていく。
かつて煙害で青空を見ることができなかった工業都市では、煙突から吹き出る黒煙が純白の雲へと変わり、空いっぱいに澄み切った青空が広がった。
奇跡は大地だけに留まらなかった。
旧帝都から逃げてきた数十万人もの避難民たち、そして大陸各地で貧困と病に苦しんでいた民衆の肌から、泥と煤が綺麗さっぱり消え去り、長旅の飢えと疲労、古傷や不治の病が、まるで最初から存在しなかったかのように跡形もなく癒やされていったのだ。
「あ……あぁぁ……! 足の痛みが消えた……! お腹が、ポカポカと温かい……!」
「見て、お母ちゃん! お花がいっぱい咲いてる! 空がすっごく青くて綺麗だよ!」
「神様……いや、ロイド様だ……! ロイド様が、世界を新しく創り直してくださったんだぁぁぁっ!」
老若男女が地面に膝をつき、天を仰いで大粒の歓喜の涙を流した。
ルシアが瑠璃色の瞳を瞬かせ、静かにスキャン結果を読み上げる。
「マスターの《創世解体》完了。大陸全域の有害汚染指数、完全ゼロを計測。大気中の生体フォトン濃度、通常値の四千八百パーセントに上昇。……世界は完全に、原初の調和を取り戻しました」
「あぁ……神話の奇跡ですわ……! ロイド様が、星そのものを救われたのです……!」
セリスが胸の前で手を組み、感涙に濡れた瞳で祈りを捧げる。
フェンネルは誇らしげに銀色の尻尾をブンブンと振り、天に向かって歓喜の遠吠えを轟かせた。
そして――七色のオーロラが揺れる空の彼方から、手にした竹箒を杖のように突きながら、青い作業着の青年――ロイドが、ふわりと地上へと降り立ってきた。
衣服には汚れ一つなく、その表情はいつものように穏やかで、少し照れくさそうに頭を掻いている。
駆け寄ってきたヴェルザが、満面の笑みでロイドの腰にしがみついた。
「パパぁぁぁぁぁぁっ! おかえりなさぁぁぁいっ! パパ、すっごくかっこよかったよ!」
「ヴェル、ただいま。……ふぅ、大きな粗大ゴミだったけど、なんとか綺麗にお掃除できたよ」
セリスが小走りで歩み寄り、涙を浮かべながらハンカチでロイドの額を優しく拭う。
「本当にお疲れ様でした、ロイド様。……あなたが世界で一番の、私たちの英雄ですわ」
「英雄だなんて大袈裟だよ、セリス。ぼくはただ、散らかったゴミを片付けただけさ」
フェンネルがフサフサの銀の尻尾をロイドの足に巻きつけ、子犬のように甘えて顔をすり寄せる。
「ご主人様、もう絶対に離れませんからね! 世界一かっこいいご主人様の従者でいられて、私、本当に幸せです!」
ルシアもまた、そっとロイドの作業着の裾を握りしめ、瑠璃色の瞳を潤ませながら呟いた。
「マスター……無事の帰還、感謝いたします。私の全回路が、マスターの生存に最大限の幸福信号を記録しています」
五人の少女たちの温かな体温と愛に包まれながら、ロイドは心地よい風に吹かれて微笑んだ。
ロイドの飾らない優しい微笑みとともに、数万年続いた星の汚染と搾取の歴史は、ここに完全に終焉を迎えたのである。




