第56話:エデンの城門前の号泣土下座~皇帝とレオンの哀れな叫び~
北方の地平線が重苦しい紫黒色の暗雲に閉ざされ、大地を揺るがす不吉な地鳴りが吹き荒れる中、エデン自由クリーン連邦の白亜の防壁大門の前には、信じがたい光景が広がっていた。
帝都の完全消滅から命からがら逃げ延びてきた、数十万人もの避難民の集団。
彼らはエデンの白亜の外壁から放射される世界樹の清らかな神聖結界の光に守られ、配給された温かいスープを啜りながら、安堵の息を漏らしていた。
そして――その長大な列の最前列で、冷たい白亜の石畳に額をこすりつけ、見苦しい悲鳴を上げながら這いつくばっていたのは、かつて大陸の頂点に君臨し、民を虫けらのように踏みにじっていた傲慢な支配者たちだった。
金糸の刺繍が施された豪奢な皇族ガウンを泥水でボロボロにし、泥と汗で汚れた顔から脂汗を噴き出させているオルディス帝国皇帝アルブレヒト三世。
前歯をすべてへし折られ、砕けた右腕を汚い包帯で吊り、泥水をすすりながら豚のように震えている元勇者レオン。
そして、かつての肥え太った贅肉を恐怖で波打たせ、青ざめた唇をガタガタと震わせている元貴族院重鎮バルト伯爵。
「ロイド様ぁぁぁぁぁっ! どうか、どうかこの愚かなる余をお救いくださいぃぃぃっ!」
「ロイド様! 僕が悪かった! ゴミ拾いなんて言ってごめんなさい! 靴でも何でも舐めます! 奴隷にしてくれて構いませんから、命だけは助けてぇぇぇぇっ!」
ガンッ! ガンッ! ゴツンッ!!
皇帝アルブレヒトとレオンは、大門の前の硬い石畳へ向けて、まるで壊れたぜんまい人形のように何度も何度も頭を叩きつけた。
額が割れ、鮮血が石畳に飛び散ってもなお、二人は土下座をやめようとしない。
背後から迫り来る全長数キロメートルの漆黒の厄獣『エントロピー・ウロボロス』。
その巨躯が大地を黒い砂へと変えながら、時速数十キロの猛スピードでこのエデンへと迫っているのだ。
帝国のあらゆる軍隊、あらゆる魔導兵器、あらゆる神聖魔法が瞬時に風化して消滅した今、世界で唯一あの化け物に対抗できるのは、神話の奇跡を次々と起こしてきたロイド・クレインしかいない。
かつてロイドを「臭いゴミ拾い」「無能の平民」と罵り、身ぐるみを剥いで死の谷へと追放した者たちが、いまや己の命乞いのために、世界で一番惨めな姿で泣き叫んでいた。
城門の上のバルコニーに、カツカツと優雅な足音を響かせて現れたのは、アリア、セリス、ルシア、フェンネル、そしてヴェルザだった。
アリアは扇子で口元を覆い、冷徹極まりない侮蔑の眼差しを、足元で血を流す皇帝たちへと向けた。
「おやおや……これは一体どなたかと思えば、偉大なるオルディス帝国の皇帝陛下に、光の勇者様ではございませんの? かつてロイド様を無能と嘲笑い、ゴミのようにこの死の廃棄谷へと蹴り落とした方々が、どの面を下げて我が連邦の城門前で泥水をすすっていらっしゃいますの?」
「ア、アリア嬢……! 頼む、ゴールドマン商会の全権を貴方に返還する! 帝国の領土も、財宝も、すべて貴方たちに譲る! だからロイド殿を取り次いでくれぇっ!」
「断る理由しか見当たりませんわね。帝都をヘドロで埋め尽くし、世界を滅ぼす厄獣を解き放った大罪人の方々に、ロイド様の清らかなお手を煩わせる価値など微塵もございませんわ」
アリアの容赦のない言葉に、バルトが泡を吹いて卒倒しかける。
レオンは地面に額を擦り付けたまま、血の涙を流して過去の罪を喚き散らした。
「ぼ、僕が悪かったんだぁっ! ロイドが武器を直してくれていたから、僕は勇者でいられたんだ! ロイドがいなくなった途端、聖剣は爆発するし、ヒドラには負けるし……全部ロイドのおかげだったのに、手柄を独り占めしたくて追い出したんだぁぁっ! 許してくれ、ロイドぉぉっ!」
セリスもまた、神聖な祈祷杖を胸に抱き、静かに首を横に振った。
「あなた方の心には、国を滅ぼしたことや犠牲になった数万の民への真の悔恨などありません。ただ自分が死にたくないという、浅ましい自己保身の炎が燃えているだけです。神聖教会の元聖女としても、あなた方を擁護する言葉は一つも持ち合わせておりませんわ。神を騙り、民から富を巻き上げ、弱者を使い捨ててきた罪を……まずはその身で噛み締めるべきですわ」
「パパをいじめた悪い奴ら、ヴェルがブレスで消し炭にしてやる! パパに謝っても絶対に許してあげないんだから!」
ヴェルザが黄金のツインテールを怒りで逆立て、小さな拳を振り上げて威嚇する。
ルシアもまた、瑠璃色の瞳から警告レーザーを照射し、皇帝たちの足元をチリチリと焼いた。
絶望に染まった皇帝たちが「もうおしまいだ……」と白目を剥いて卒倒しかけたその時――。
「みんな、門を開けてあげて」
城門の上に、静かで、しかしどこまでも澄み渡る温かな声が響き渡った。




