第55話:厄獣『エントロピー・ウロボロス』顕現~帝都の消滅~
ズズズズズズズズズズズズッ……!! ドガアアアアアアアアンッッッ!!!!
天が崩れ落ち、大地が真っ二つに割れる凄まじい地殻崩壊の轟音とともに、帝都の中央大広場が深さ数百メートルの巨大な地獄の奈落へと陥没した。
吹き上がる紫黒色の瘴気と有毒ガスの巨大な柱。
その巨大な奈落の底から、ゆっくりと鎌首をもたげて姿を現したのは、神話の終末予言にすら記されていない絶対的な厄災の具現だった。
全長数キロメートルにおよぶ、底なしの暗黒を纏った超巨大な竜蛇。
全身を覆うのは、光を一切反射せずあらゆる光子を吸い込む漆黒のヘドロの鱗。その背中には、数万年分の産業廃棄物、動物の白骨、そして腐食した都市瓦礫が樹木のように幾重にも折り重なってこびりつき、頭頂部には星の核を腐食させる紫黒色の巨大な心核が、禍々しい鼓動を打っている。
己の尾を飲み込みながら無限に質量を自己増殖させる、星の最悪の老廃物――厄獣『エントロピー・ウロボロス』の完全顕現であった。
ギシャアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!
ウロボロスが空に向かって天蓋を裂く咆哮を上げた瞬間、大気を伝わったのは音波ではなく、完全なる『腐食と風化の波動』だった。
その波動が触れた瞬間、千年の歴史を誇る壮麗なインペリアル王宮が、サラサラサラ……と音を立てて、一瞬で黒い砂へと風化して崩壊した。
歴代皇帝の黄金像も、堅牢な城壁も、貴族街の豪邸も、大聖堂の巨大なステンドグラスも、ウロボロスの放つエントロピーのオーラに触れただけで、分子結合を強制的に失い、ただの無機質な黒い塵となって大気中に霧散していく。
火災でも倒壊でもない。
物質を形作る結合力そのものが奪われ、存在が『風化して砂になる』という絶対的な消滅の現象。
もし人間が生身でそのオーラに触れれば、数秒で皮膚がシワだらけになり、骨が脆くなり、一握りの灰となって消え去ってしまうであろう絶対死の領域。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃっ!? わ、我が宮殿が! 我が帝国がぁぁぁぁぁっ!!」
崩れ落ちる瓦礫の中から命からがら這い出してきたのは、金糸のガウンを泥にまみれさせたオルディス帝国皇帝アルブレヒト三世だった。
贅沢に肥え太った皇帝は、金塊を詰め込んだ重いトランクを抱えて逃げようとしたが、トランクに黒い波動が触れた瞬間、金塊もトランクもサラサラと黒い砂へと化して指の隙間からこぼれ落ちた。
さらに、地下牢の鉄格子が砂となって崩れ去ったことで奇跡的に脱出できた元勇者レオンとバルト伯爵も、白目を剥いて腰を抜かしながら泥水の上を這い回っていた。
彼らが見上げた視界の先で――千年の栄華を誇った帝都オルディシアは、わずか数分で完全に地上から消滅し、直径十キロメートルにおよぶ果てしない黒い砂漠のクレーターへと変貌していたのである。
建造物だけではない。
帝都の大地を潤していた河川はドロドロの黒いコールタールへと変質し、木々は一瞬で炭化して崩れ、空は太陽の光すら通さない重金属の暗雲に閉ざされた。
かつて大陸の中心として誇り高かった大都市は、文字通り跡形もなく消滅したのだ。
「化け物……! あんなものに勝てるわけがない……! 死ぬ、ここにいたら全員死ぬぞぉぉっ!」
レオンは骨折した右腕を抱え、前歯のない口から血反吐と涎を垂らしながら、全速力で南へ向かって逃げ出した。
皇帝アルブレヒトも、バルトも、反乱軍の騎士たちも、数十万人の生き残り市民たちも、着の身着のままで南の荒野へと雪崩を打って逃走した。
だが――漆黒の巨獣ウロボロスは、足元を逃げ惑う小さな虫けらのような人間たちには目もくれなかった。
死と腐食の化身であるウロボロスの紅蓮の双眸が捉えたのは、南方の地平線の遥か彼方。
澄み切った大気、瑞々しい名水、そして天に向かって眩い神聖フォトンを放射する伝説の概念樹――『世界樹』の巨大な光の柱だった。
星の澱みである巨獣にとって、世界で最も清らかで純粋なエデンの生命エネルギーこそが、己の飢餓を満たす最高の標的だったのだ。
ウロボロスが動くたび、大地は百メートル単位の深い地割れを刻まれ、かつて緑豊かだった草原や豊かな農村が、一瞬で砂漠化して黒い砂嵐へと呑み込まれていく。
空を覆う紫黒色の瘴気は日光を完全に遮り、大陸全土の気温が急速に氷点下へと落ち込んでいく。
それは、生命の星としての終焉を告げる、凍りついた暗黒の終末へのカウントダウンだった。
ズズズズズズズズ……ッ!
ウロボロスは触れる大地をすべて黒い砂へと腐食させながら、南方の楽園『エデン自由クリーン連邦』を目指し、破滅の進撃を開始したのである。
世界のすべてが黒い砂へと呑み込まれるまで、残された猶予はもはや数刻も残されていなかった。




