第54話:帝都の崩壊と地下深層の鼓動~星の原初のゴミ~
かつて大陸の覇者として千年の長きにわたり栄華を極めたオルディス帝国の帝都『オルディシア』。
だが、いまやその輝かしい白大理石の街並みは見る影もなく、悪臭と腐敗ガスを噴き上げる紫黒色の毒ヘドロの湖へと水没していた。
ロイド・クレインという、ただ一人の誠実で偉大な解体士を「無能なゴミ拾い」と蔑んで追放した代償は、あまりにも重く、国家そのものを滅亡へと導く致命傷となった。
街中の巨大な魔導下水配管はことごとく破裂し、汚泥が豪奢な貴族街の屋根まで逆流し続けている。
飢えと悪臭に耐えかねた数十万の平民暴徒と反乱軍が王宮を取り囲み、投石と怒号、そして略奪の炎が黒煙となって帝都の空を真っ黒に塗り潰していた。
しかし――帝都を真に滅ぼそうとしていた破滅は、暴徒の略奪や下水の破裂などという生易しいものでは断じてなかった。
帝都の真下、地下三千メートルの超大深度層。
そこには、オルディス帝国の初代皇帝から歴代の皇帝が一子相伝の最高国家機密として隠蔽し続けてきた、大陸最大の禁忌領域『原初澱みの暗黒空洞』が存在していたのである。
ドクン……。
地中深く、星の骨組みすら軋ませるような、重く湿った脈動が響き渡った。
空洞の中央、底なしの暗黒の淵に鎮座していたのは、数万年前、この星が誕生した創世記の混沌において生じた、あらゆる物質のエントロピーの極大値――すなわち『星の原初のゴミ』だった。
太古の神話の時代、神々がこの星に光と大地と生命を創造した際、宇宙の不可逆の物理法則として、必ずその対極に生み出されてしまう老廃物。
生命が息をし、文明が発展し、魔力を行使するたびに、世界には必ず微細な劣化、腐敗、老廃、そして負の感情の滓が蓄積していく。
歴代の皇帝たちは、自らの贅沢な生活と強大な軍事力を維持するため、帝国全土から排出される産業廃棄物や魔導スラグを、この暗黒空洞へと投棄し続けていたのだ。
初代皇帝は、この原初のゴミの力を封じるため、神話の神聖結界杭を何百本も打ち込み、その上に帝都を築いた。
だが、それは問題を解決したのではなく、ただ地中深くにゴミを埋めて見ないふりをし、後世へと負の遺産を先送りしていただけに過ぎなかったのである。
歴代の貴族たちは、その地下の闇の上に華やかな劇場や豪邸を建て、夜な夜なシャンパンを開け、自らの足元に眠る破滅の時限爆弾に気づくことすらなく贅沢に溺れていた。
ボコボコボコボコッ! ジュウウウウウウッ!
黒い泥のような混沌の液体が、数万トンの毒ヘドロを飲み干して狂気のように沸騰していた。
実は、ロイドが帝都でゴミ拾いをしていた十数年間――彼が地上で丁寧にゴミを仕分けし、分子レベルで不純物を分解・浄化していたおかげで、この暗黒空洞へと流れ込む汚泥の量は奇跡的に臨界点を下回り続けていたのだ。
ロイドが街角の側溝を掃き清め、捨てられた魔導具を解体して無害な鉄屑へと戻していた地道な日常。
貴族たちから「泥臭い」「卑しい」と嘲笑されていたロイドの仕事こそが、実はこの星全体の生態系と封印結界を陰で支え続ける、唯一の絶対防壁だった。
だが、その守護神を追い出した結果、中央魔導炉のメルトダウンと下水の全域破裂によって、数百年分に凝縮された超高濃度毒ヘドロが一気に津波となって地下空洞へと注ぎ込んだ。
数万年かけて原初のゴミを繋ぎ止めていた神聖なる封印杭は、強烈な酸と腐食性のヘドロによってジュクジュクと音を立てて溶け崩れ、プツン、プツンと音を立てて千切れ飛んでいく。
ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!!
大地の底からの脈動は、次第に速く、力強く、そして凶暴な鼓動へと変化していった。
帝都の地上では、突如として井戸水が真っ黒な汚泥となって噴水のように吹き上がり、石畳の地面の至るところから、生物の肉をただれさせる紫黒色の有毒ガスが噴出し始めた。
反乱軍の騎士たちも、棍棒を手にした市民たちも、足元から伝わってくる尋常ならざる大地の震動に顔色を変え、武器を取り落として立ち尽くした。
「な、なんだ……!? この不気味な地鳴りは……!? 地面が脈打っているぞ!」
「地震か!? いや、違う……地面の下から、何かが這い上がってきているんだ!」
「逃げろ! ここはもう人が住める場所じゃない!」
地下三千メートルで、数万年眠り続けていた星の原初のゴミが、ついに一つの邪悪な巨獣の形へと結晶化を完了した。
それは、物質を分解するのではなく、あらゆる物質と生命を不可逆の死と混沌へと腐食させ尽くす、宇宙のエントロピーの具現。
黒い泥の眼窩に、世界を滅ぼす二つの紅蓮の凶眼がカッと見開かれた瞬間――帝都の大地が、天を突く悲鳴とともに垂直に割れ裂けたのである。




