第53話:五大ヒロインの夜のロイド争奪戦~賑やかな絆~
巨大な浮遊艦隊の無血解体、五千名に及ぶ元帝国兵の環境美化ボランティア雇用、そしてエデン通貨『エデン・クラウン』の発行による大陸経済網の掌握。
怒涛のように押し寄せた激動の一連の出来事を無事に片付け、エデンの街には、いつものように穏やかで優しい夜の静寂が訪れていた。
空には満天の星々が瞬き、世界樹の葉先から舞い散る淡い燐光が、白亜の街並みを幻想的な瑠璃色に染め上げている。
天然オアシスの温水大浴場で一日の汗と泥を綺麗さっぱり洗い流したロイドは、清潔な木綿の寝巻きに身を包み、ログハウス二階の自室へと戻ってきた。
部屋の中央には、名匠ゴランと大工ギルドの職人たちが「世界一の英雄にふさわしい寝床を!」と腕によりをかけて造り上げた、特注の超特大キングサイズベッドが鎮座している。
クッションには、ロイドが解体精錬した最高級の綿花と白鳥の羽毛がたっぷりと詰め込まれ、横たわるだけで雲の上に浮かんでいるかのような極上の寝心地を誇る至高の逸品だ。
「ふぅ……今日もたくさん掃除をして、いい一日だったな」
ロイドは心地よい疲労感に肩を回し、あくびを噛み殺しながらベッドへと足を向けた。
枕元に置かれたアロマランプの柔らかな光を落とし、掛け布団をめくって潜り込もうとした――その瞬間。
ガチャリ。
寝室のドアが静かに、しかし迷いのない力強さで押し開かれた。
「ぱぱーーーーーっっっっ!!!!」
タタタタタッ!と小気味よい足音が響いたかと思うと、純白のフリル付きネグリジェに身を包んだ黄金の小さな影が、ダイビングキャッチのような勢いで空を飛んできた。
幼女竜姫ヴェルザである。
「わっ、ヴェル!?」
「パパ~! ヴェルね、パパのお胸の上で、ぽんぽんトントンしてもらわないと、さみしくて眠れないの!」
ぽすん、とお腹の上に柔らかく着地したヴェルザは、小さな両腕でロイドの首筋をぎゅっと抱きしめ、艶やかな黄金のツインテールをロイドの鎖骨にすりすりと押し当ててきた。
お尻の小さな金色の尻尾が、嬉しそうにパタパタと布団を叩く。
だが、今夜の来訪者は彼女一人では断じてなかった。
「ヴェルザちゃん、抜け駆けは感心しませんわ! 小さなお子様はもうとっくに寝る時間です!」
凛とした声とともに現れたのは、薄絹の清楚なナイトガウンをまとい、風呂上がりでほんのり上気した白銀の髪を揺らすセリスだった。
彼女の美しい碧眼はどこか潤んでおり、両手には神聖なる安眠を促す聖樹のアロマオイルが握られている。
「ロイド様……! 日中の艦隊解体という、神話級の奇跡を行使されたあなたのお身体には、想像を絶する霊的疲労が蓄積しているはずですわ。元聖女として……私が今夜は一晩中、ロイド様の右腕を抱いて、至高の神聖ヒーリング添い寝を捧げさせていただきます!」
「えっ、ちょ、セリス!? 添い寝ヒーリングなんて魔法、教本に載ってないよね!?」
ロイドが慌てる間もなく、セリスは柔らかな微笑みを浮かべ、ベッドの右側にスルリと滑り込んできた。
触れ合う肌の温もりと、石鹸の甘い香りにロイドがドギマギしていると――。
スーッ……。
音もなくロイドの左脇へと潜り込んできたのは、ひんやりとした滑らかな陶器のような肌を持つ、魔導人形の少女ルシアだった。
ルシアは薄紫色のシルクのパジャマの胸元を少し緩め、瑠璃色の瞳を静かに瞬かせながら、ロイドの左腕を己の豊かな胸元へと引き寄せた。
「マスター、心拍数の一時的上昇を感知。……生体データに基づき、マスターの左半身の筋緊張を緩和するため、体温共有モードを常時励起します。……離しません」
「ルシアまで!? 体温共有モードって、ルシアの身体、すごく柔らかくてドキドキするんだけど!?」
「問題ありません。マスターのドキドキの周波数を解析し、最も心地よいリラクゼーションリズムへと調整いたします」
右にセリス、左にルシア、お腹の上にヴェルザ。
身動きが取れなくなったロイドの足元から、今度はフサフサとした銀色の毛並みが勢いよく飛び込んできた。
「わ、私を忘れるなんて許しませんよぉぉぉっ、ご主人様!」
銀狼の耳をぺたりと寝かせ、薄手の寝巻きからスラリとした健康的な脚を覗かせたフェンネルが、ロイドの足元に体をすっぽりと丸め込んできた。
太く温かな銀色のモフモフの尻尾が、ロイドの両足首に巻きつき、極上の湯たんぽのように暖めてくれる。
「ふふ~ん! 私の極上モフモフ毛並みは、どんな高級羽毛布団よりも温かいんですからね! ご主人様の足元は、忠犬である私の絶対防衛ラインです!」
「あはは、フェンネル、くすぐったいよ……!」
四人の美少女たちに完全包囲され、もはや指一本動かせない状態のロイド。
そこへ――カツカツとハイヒールのような優雅なスリッパの音を響かせ、シルクの艶やかな真紅のローブをまとったアリアが、腕を組んで寝室の入口に仁王立ちした。
その頬は林檎のように赤く染まっている。
「皆様! 抜け駆けは商人としての信義にもとる大罪ですわ! だいたい、今日の貿易協定の締結やエデン・クラウンの発行など、まだロイド様に報告すべき重要案件が山ほど残っておりますのよ!?」
「アリアさん! 仕事の話なら明日の朝でいいじゃないですか!」
「そうですわ、今はロイド様をお休ませする時間です!」
「異議あり。アリア様の心拍数もまた、マスターに対する強い接触欲求を示唆しています」
「な、ななな……何を言っているのルシアさん!? わ、私はただ、連邦の最高指導者として……その、ベッドの端っこが空いているから、少しだけ仮眠を取ろうと思っただけで……!」
アリアは顔から湯気が出そうなほど赤面しながら、モジモジとベッドの端へと腰掛け、結局ロイドの肩口の隙間へと滑り込んできたのだった。
お腹の上にヴェルザ、右にセリス、左にルシア、足元にフェンネル、頭元にアリア。
キングサイズベッドの上は、まさに天下無敵の『五大ヒロインによるロイド包囲網』と化していた。
「パパ、あったかーい……えへへ、おやすみなさい……」
「ロイド様……いつも、私たちを守ってくださってありがとうございます……」
「マスター……心地よい眠りを……」
「ご主人様、大好きです……」
「……おやすみなさいませ、私の大切なロイド様……」
それぞれが愛しい吐息を漏らし、ロイドの温もりに包まれながら、幸せそうに目を閉じていく少女たち。
重たくて、温かくて、身動きが取れなくて、そしてどうしようもなく愛おしい。
かつて帝都のゴミ山で誰からも顧みられず、泥だらけの服を着て一人きりで掃除をしていた孤独な青年は、いまや世界で最も温かく尊い絆に包まれていた。
「……みんな、おやすみ。明日も、いい一日にしようね」
ロイドは穏やかな笑みを浮かべ、少女たちの柔らかな寝息を聞きながら、至福の眠りへと落ちていった。
だが――エデンの幸福な夜のその遥か彼方。
崩壊した帝都の暗黒の地下深部で、数万年の封印を解かれた『星の最悪の厄災』が、静かにその巨悪の胎動を始めようとしていたのである。




