第50話:空中で音もなくバラバラになる三十隻の巨艦~部品の雨~
ロイドが青い作業着の腰ポケットから取り出したのは、普段の工房作業で使い古された、一本の小さな金槌だった。
彼がその金槌の柄を指先でトンと軽く叩き、澄み切った蒼い瞳を上空の黒鉄の艦隊へ向けて掲げる。
その瞬間――上空千メートルを覆い尽くしていたエメラルドグリーンの光の網が、三十隻の浮遊魔導戦艦の巨躯へと一斉に収束した。
常識的な攻撃魔法であれば、鋼鉄をドロドロに溶かす業火や、装甲を粉々に粉砕する雷撃が放たれるところだろう。
だが、ロイドの胸にあるのは敵への憎悪でも破壊欲でもない。
世界で最も丁寧で、最も美しく、無駄を一切出さない『至高の解体士の日常作業』そのものだった。
「――万物の接合をほどき、整然たる素材へと還れ。《全艦一括構造解体》」
カチャリ。
空を支配する静寂の中、三十隻の戦艦のどこかで、一本の小さなネジが緩むような微かな音が響いた。
次の瞬間――。
カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャッ!!
パラララララララララララララララララララララララッ!!
天から降り注いだのは、金属が軋む破壊音などでは断じてなく、精密な時計仕掛けが一斉にほどけていくかのような、心地よくリズミカルな音の連打だった。
三十隻の超巨大浮遊魔導戦艦。
その分厚い黒鋼鉄の装甲板を留めていた七千二百万本ものボルトとリベットが、空中で一斉に、綺麗に、傷一つなくキュルキュルと高速回転して外れた。
装甲板が外れ、内部の鉄骨フレームの継ぎ目が外れ、蒸気パイプのバルブが外れ、百二十門の主砲の砲身と砲架が美しく分離していく。
爆発も、煙も、火花すら散らない。
全長三百メートルの総旗艦『アイアン・ゴライアス』を含めた三十隻の巨艦が、まるで巨大な精密模型を熟練の職人がピンセットで丁寧にバラしたかのように、空中で完全に『部品単位』へと分解されたのだ。
「う、浮遊機関が……外れたぁぁぁっ!?」
「床がない! 壁がない! 天井がないぞぉぉぉぉっ!!」
艦内に搭乗していた五千名の精鋭帝国兵たちは、乗っていたはずの頑丈な戦艦が忽然と消滅し、全員が空中にぽっかりと放り出された。
千メートルの上空からの自由落下。
誰もが死を覚悟し、絶叫を上げて手足をバタつかせた。
だが――ロイドの解体再構築は、人の命を奪うことなど決して許さない。
「みんな、慌てないで! 《原質再構築・緊急パラシュート展開》!」
パシュッ! パシュッ! パシュパシュパシュッ!
兵士たちの着ていた軍服のマントや、周囲に漂っていた帆布の繊維が、ロイドの魔力によって瞬時に編み直され、五千人全員の背中に純白の大型パラシュートが自動的に開いた。
五千の白い花が、初夏の青空いっぱいにフワリと咲き誇る。
一方、空中で分解された数千万個の装甲板、鋼鉄フレーム、ボルト、銅線、魔導機関のコアは、ロイドの重力制御解体波によって誘導され、エデン東部の資材保管区画へと向かって整然と飛翔していった。
カチャッ、トン、カシャン。
まるで几帳面な大工が倉庫を片付けるかのように、規格ごとに分類された鋼鉄板とネジの山が、傷一つない新品同様の最高級建築資材として美しく積み上げられていく。
その光景を見ていたアリアとゴラン棟梁が、目を輝かせて歓声を上げた。
「す、素晴らしいですわ! 最新鋭の防魔鋼鉄に超高純度ミスリル! これだけの資材があれば、エデンの第二期高層都市計画が一気に完成してしまいますわ!」
「おうよ! 戦艦の骨組みなんて最高の一級建材だ! ロイド様、最高の差し入れをありがとよぉ!」
そして――。
ポスッ、ポスッ、ポスン。
五千名の帝国兵たちは、恐怖で目を回しながらも、エデンの中央大広場のフカフカの芝生の上へと、擦り傷一つなく柔らかく着地した。
最後に、空から情けない悲鳴を上げながら落ちてきたのは――。
「ぎゃあああああああああああっ!? た、助けてくれぇぇぇぇぇっ!!」
軍服の装甲と勲章をすべて解体され、白地に赤い水玉模様のトランクス一枚の姿になったゼノ大元帥だった。
ゼノは広場の噴水の脇にある、ロイドが耕したばかりの肥沃で柔らかな泥土の中へと、頭から豪快に突っ込んだ。
ブチャッ!!
両足を天に向けてバタつかせるゼノの無様な姿に、広場を埋め尽くしていた市民と職人たちは、一瞬の静寂の後――。
「「「わ、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」」」
割れんばかりの大歓声と爆笑の渦が、エデンの青空へと突き抜けた。
三十隻の無敵艦隊を、死者を一人も出さず、街を傷一つつけず、わずか数分で無害な建築資材とパンツ一丁の捕虜へと変えてしまった、前代未聞の神話的解体劇であった。




