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第43話:神話の秘奥義《原質生命逆解体》~数千年の風化を巻き戻す~

「ロイド様、お待ちください……! 石化した古代の生体組織を蘇生させるなど、帝国の最高峰の大司教たちが束になっても不可能ですわ!」


 後から駆けつけてきたセリスが、地下空洞の冷気に息を白く染めながら、驚愕の声を上げた。

 セリスの手には、金文字が刻まれた神聖魔法の最高位祈祷書がしっかりと握られている。

 彼女の美しい碧眼には、聖女としての深い知識と、生命の摂理を侵すことへの本能的な危惧が浮かんでいた。


「神聖教会に伝わる最高位蘇生魔法《奇跡の蘇生(リザレクション)》であっても、魂が肉体を離れてから数分以内の、肉体の損傷が軽微な状態でなければ決して効果はありません。数千年も風化し、全身の細胞が炭酸カルシウムと珪素に置き換わった化石に無理やり生命魔力を流し込めば、魔力の反発によって骨格そのものが耐えきれず、木っ端微塵に爆発して魂の核ごと消滅してしまいます!」

「セリスの言う通りだね。通常の魔法や教会の教義じゃ、これは絶対に治せない。でも――ぼくの仕事は魔法じゃなくて『解体』だからね」

「解体……ですの? 解体とは、物をバラバラにして壊すことではありませんの……!?」


 困惑して首を傾げるセリスに対し、ロイドの隣に静かに佇んでいたルシアが、感情の起伏の少ない鈴のような声で解説を添えた。


「セリス様の認識は、表面的な事象に囚われています。マスターの有する根源スキル《原質解体》の本質は、物質の単なる破壊にあらず。物質を縛り付ける分子結合、原子結合、さらには時間経過による劣化とエントロピーの束縛を解き放ち、万物を宇宙の原初たる完全な調和状態へと再定義する超越権能にあります。……すなわち、数千年にわたる風化と石化という『蓄積した欠陥と汚れ』を解体し、過去の生体情報を逆回転再生(ロールバック)することが論理的に可能です」

「風化を……汚れとして解体する……!? 時間を、逆行させるというのですか……!?」


 セリスが言葉を失って立ち尽くす中、ロイドの瞳に底知れぬ深い蒼色の光が灯った。

 彼は深く息を吸い込み、足を踏ん張ると、巨大な黄金竜の骨格へと両掌を密着させた。


「――万物を縛る時間の鎖をほどき、石化の澱みを清めよ。《原質生命逆解体(リバース・デコンストラクト)》ッッッッ!!!!」


 ドクンッ……!!


 地下空洞の全空間が、まるで巨大な星の心臓が一度だけ力強く脈打ったかのように大きく波打った。

 ロイドの両手から溢れ出したのは、春の芽吹きを思わせる瑞々しい生命の輝きを放つ、エメラルドグリーンと黄金のエーテル光。

 その光の奔流が、全長百メートルの巨大な竜骨全体を包み込んでいく。

 ピキピキピキ……! ミシミシミシッ……!

 空洞内に響き渡るのは、数千年の石化の呪縛が解けていく無数の結晶の音。

 ロイドの解体波は、数千年かけて骨の隙間に侵入した泥土、酸化物、余分な石灰質分子のみをナノ単位で分解・消滅させていく。

 そして、石化して無機物へと変化していたカルシウム結晶を、太古の生体DNA情報に従って、柔軟で強靭な有機骨格へと瞬時に再構築していった。

 奇跡はそれだけに留まらない。

 白骨化した巨躯の上に、赤く瑞々しい筋肉の繊維が、まるで神の手が編み物を紡ぐかのような信じがたい速度で幾重にも編み上がっていく。

 太い動脈と静脈が全身を巡り、心臓の琥珀結晶が本物の真紅の心臓へと肉付けされ、ドクン、ドクン、と力強い生命の鼓動を刻み始めた。

 表面を覆っていくのは、いかなる神聖武具をも凌駕する、陽光のように眩い黄金の竜鱗。


「あ、あぁぁ……! 肉体が……神話の竜の肉体が、完全に蘇っていく……!」


 セリスは胸の前で手を組み、頬を伝う涙も拭わずにその神業を見つめていた。

 だが、ここで重大な問題が生じる。

 全長百メートルもの巨躯がこの地下空洞で完全に目覚めれば、その巨体と莫大な魔力放出によって地下空洞どころか、地上のエデンの街まで崩落しかねないのだ。

 ロイドはそのリスクを百も承知していた。


「ルシア、余剰質量と拡散魔力の圧縮解体グリッドを展開してくれ!」

「了解、マスター。生体質量圧縮術式、および魔力収束リミッターを同時励起。対象生体の魂の核へ、保護形態への変容コードを伝達します」


 ロイドはさらに集中を高め、蘇生した黄金竜の全身を包む光の繭を、ギュウゥゥッと手のひらサイズにまで圧縮していった。

 百メートルの巨躯を構成する膨大な生命エネルギーが、解体・精錬され、極めて愛らしく、安定した小さな器へと収束していく。

 まばゆい光のドームが収縮し、やがて空洞に静寂が戻った。


 ぽすん。


 純白の光の粒子が舞い散る中、暖らかな毛布の上に、小さな小さな影が柔らかく着地したのだった。

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