第42話:廃棄谷の最深層『神話地層』~巨大な竜の化石~
『エデン自由クリーン連邦』の建国宣言から一週間。
白亜の摩天楼が青空に映え、数万人の民の笑顔と活気があふれる地上の喧騒とは対照的に、エデンの地下深部では、大工棟梁ゴラン率いる熟練の土木建設部隊とロイドによる、大規模な地盤調査と地下インフラの拡張作業が進められていた。
急増した人口を支えるための大深度上下水幹線の敷設、および万が一の天変地異や帝国軍の報復攻撃に備えた完全防魔シェルターの建設。
それらを安全に構築するためには、エデンの大地を支える地盤の構造を完璧に把握しておく必要があったのだ。
名匠ゴランは頑丈な革の作業着に身を包み、額に光る汗を分厚い手ぬぐいで拭いながら、カンテラの灯りを頼りに削岩機の手を止めて唸り声を上げた。
「ロイド様、見てくだせぇ。地下五百メートルを越えたあたりから、岩盤の質が完全に変わってやがります。帝都の生活排水や産業廃棄物が染み込んだ腐った泥土層は綺麗さっぱり抜けて、ここから先は……数万年前の太古の地層ですぜ。普通のツルハシじゃ火花が散るだけで、刃先がペシャンコになっちまう」
ゴランが指差す坑道の先には、通常の玄武岩や花崗岩とは異なり、青白い燐光を帯びた半透明の岩石層がどこまでも広がっていた。
それは、神話の時代に天変地異や神々の戦争によって地中深くに埋没したとされる伝説の『神話地層』。
大気中の高濃度な魔素が極度の地圧と地熱によって圧縮され、地層そのものが巨大な天然の魔力伝導体と化している極めて危険な未踏領域だった。
下手に強い衝撃や火気を与えれば、地層全体が魔力暴走を起こして連鎖爆発しかねない。
だが、ロイドにとっては、いかなる強固な岩盤も恐れるに足らない存在だった。
「ルシア、前方空洞の構造解析はどうなっている?」
「了解、マスター。深度千二百メートル地点に、直径およそ三百メートルの巨大なドーム状天然空洞を感知。内部の魔素濃度、地上地表の約四万倍を記録。硫黄や一酸化炭素などの有害な重金属ガスは感知されず。……ただし、空洞中央部に、超高密度の神聖生体エネルギーの残存反応を捕捉いたしました」
「神聖生体エネルギー……? こんな地下の奥深くに?」
ロイドはツルハシを置き、ルシアの案内に従って青白く光る岩壁へと歩み寄った。
彼は素手を岩肌に軽く触れさせ、ポンと掌底を当てて意識を集中させる。
――《原質分子解体》。
キィィン……と澄んだ高い音が響き、音もなく岩壁の結晶結合がほどけていく。
硬質な岩盤は、わずか一秒でサラサラとした純白のきめ細かな砂へと変化し、足元へ崩れ落ちた。
ぽっかりと開いた巨大な穴から吹き込んできたのは、カビ臭い地下の湿気などでは断じてなく、まるで万年雪をいただく霊峰の頂に立つかのような、凛として清涼な神聖なる風だった。
カンテラの光を掲げ、ロイドとゴラン、そしてルシアが空洞の中へと足を踏み入れる。
その瞬間――ゴランの喉から、息を呑む微かな掠れ声が漏れた。
「な……なん……だ、ありゃあ……!? 竜……!? 巨大な黄金の竜がいるぞ……!!」
三百メートル四方の広大なドーム状空洞の中央。
そこに静かに横たわっていたのは、全長百メートルを優に超える、神々しい威容を誇る超巨大な古代竜の全身骨格化石だった。
数千、数万年という悠久の歳月を経て、その骨格は珪素と高純度のオリハルコン、そして黄金の神聖魔晶石へと完全置換(石化)されていた。
天を衝くほど巨大な二本の湾曲した神角、神の城壁すら容易に噛み砕くであろう巨大な顎骨、馬車ほどもある鋭利な爪、そして翼長百五十メートルにおよぶ雄大な翼の骨格。
肉体そのものは完全に風化し、石の骨と化しているにもかかわらず、その全身からは、触れた者を瞬時に灰燼へと帰しかねない圧倒的な神話級の神威と威圧感が放射されていた。
「す、すげぇ……こんなデケぇ化石、帝都の大博物館の記録にすら載ってねぇぞ……! 神話の創世記、邪神との戦いで深手を負い、この大地の底で永遠の眠りについたとされる原初の黄金竜……『神竜ヴェルザード』の伝説は、おとぎ話じゃなかったのか……!」
ゴランは圧倒的な神威の前に腰を抜かし、その場に膝をついてガタガタと震えていた。
常人であれば、その場に立つことすら耐えられず精神を焼かれてしまうほどの神気。
だが――あらゆる物質の原質と分子構造を見通すロイドの蒼い瞳には、全く別の真実がはっきりと映っていた。
ロイドは静かに化石の巨大な頭骨へと歩み寄り、その黄金の骨肌へと優しく手を重ねた。
「……ゴラン、この子は死んでなんかいないよ」
「へ……!? し、死んでないって……どう見ても完全に石化しちまった骨の化石ですぜ、ロイド様!? 肉も内臓も何千年も前に風化して消えちまってるじゃありませんか!」
「見てごらん。胸の奥底……心臓があった場所にある、あの小さな琥珀色の結晶の中を」
ロイドが指差す胸骨の隙間、厚い石化層の最深部で――親指ほどの小さな琥珀色の結晶が、まるで冬眠中の赤ん坊のように、トクン……トクン……と、極めて微弱な生命の鼓動を脈打たせていた。
肉体は石化し風化し尽くしたものの、その気高き魂の核だけは、いつか目覚めるその時を信じて、数千年もの間、孤独な暗闇の中で耐え続けていたのだ。
「ずっと……暗くて冷たい土の中で、寂しかったんだね。……よし、ぼくが綺麗にしてあげるよ」
ロイドは優しく微笑み、作業着の袖をまくると、黄金の頭骨へ向けて両手をかざしたのだった。




