第37話:ルシア&フェンネルの物理的追放~「可燃ゴミは立ち去れ」~
だが――レオンの錆びた短剣の切っ先がロイドに届くことは、未来永劫あり得なかった。
「マスターへの敵対行動を検知。迎撃プロトコルを即時執行します」
「ご主人様に刃向けたなぁぁぁっ!! 死ねぇぇぇっ!!」
ドゴォォォォォォンッッッッ!!!!
大気を切り裂く凄まじい轟音とともに、レオンの視界が上下逆さまに猛烈な速度で回転した。
ルシアの完璧に計算されたミスリル合金の右ハイキックが、レオンの顎下へと垂直に炸裂したのだ。
油圧ブースターが超音速で駆動し、大気との断熱圧縮によって靴底が青白いプラズマの火花を散らす。
バキィッ!という凄まじい骨鳴りの音とともに、レオンの奥歯が四、五本砕け散って血しぶきとともに宙を舞う。
体重七十キロを超えるレオンの身体は、まるでピンボールのように上空十五メートルまで垂直に跳ね上げられた。
そして――!
「《銀狼疾風神速脚》ッッッッ!!」
白銀の閃光が走った。
大地の芝生を蹴り破り、跳躍したフェンネルの超音速の跳び蹴りが、空中で無防備に落下してきたレオンの腹部と、地上で泡を吹いて腰を抜かしていたバルトの巨大な太鼓腹へと、目にも留まらぬ神速の残像とともに同時に叩き込まれたのだ。
ドガァァァァァァンッ!! ボコォォォッ!!
「ぎゃべぇぇぇぇぇぇっ!?!?!?」
「ぶへらぁぁぁぁぁっっっ!?!?!?」
レオンは胃液と血を撒き散らしながら、バルトは百キロを超える太った肉体をゴムボールのように激しく波打たせながら、二人揃って水平に吹き飛ばされた。
新幹線の如き速度で弾き飛ばされた泥人形の二人は、白亜のアーチゲートを綺麗に飛び越え、エデンの境界線の外側――紫黒色のヘドロが溜まった泥沼の中へと、派手な水柱を上げて頭から突き刺さった。
バシャアァァァァァァンッ!!
ブクブクブク……と泥沼から汚泥の気泡が吹き出し、逆さに突き刺さった二人の汚れた足が、空中でバタバタと痙攣するように激しくもがく。
「ゲホッ……オエェッ……! い、痛い……! 息が……!」
「た、助けてくれぇぇぇ……! お尻が抜けない! 肋骨が折れたぁぁっ!」
泥沼の中で頭から汚泥をかぶり、這い上がろうともがく二人の頭上に、ルシアが静かな足取りで歩み寄り、冷徹な瞳で見下ろした。
ルシアの右腕のミスリルバスターが、ガシャリと黒光りする銃口を泥沼へと向ける。
「有害廃棄物、および不法侵入者の分別作業を完了。……警告します。これより本領域は、神聖結界および分子分解迎撃グリッドにより完全封鎖されます。次に本ゲートの境界線を一ミリでも跨いだ場合、対象の全肉体を素粒子レベルで完全消滅させます」
「二度とご主人様の前にツラ見せるな! 次に近づいたら、頭からバリバリ噛み砕いて骨ごと胃袋に叩き込んでやるからな!」
フェンネルが鋭い犬歯を剥き出しにして猛然と吠え立てる。
騒ぎを聞きつけてゲート付近に集まってきたエデンの開拓民たちからも、ドッと大きな笑い声と歓声が沸き起こった。
「おい見ろよ、あのドロドロの豚ども!」「泥沼に頭から突き刺さってやがる!」「昔ロイド様を虐げて追放した、あのクズ貴族と勇者らしいぞ!」「ざまあみろ!二度とこの清らかなエデンに近づくんじゃない!」「お前たちの帰る場所なんて、世界のどこにもねえよ!」
かつて帝都で彼らの横暴に怯えていた元平民たちも、いまやエデンの自由な市民として、胸を張って悪役たちを嘲笑していた。
アリアもテラスから優雅に歩み寄り、「ふふっ、分別のつかない粗大ゴミには、お似合いの泥沼ですわね。二度とリサイクルもできませんこと」と扇子で口元を覆って高らかに微笑んだ。
市民たちの嘲笑と怒号を浴びながら、セリスが神聖魔力を込めて両手を掲げると、眩いばかりの黄金の神聖障壁がゲート全域に幾重にも幾何学模様を描いて展開され、悪臭と紫黒色のガスごと二人を完全にシャットアウトした。
フェンネルはロイドの元へと駆け戻ると、銀色の尻尾を猛烈に振りながら「えへへ、ご主人様! あたい、ご主人様を守ったぞ! すごかったか?」と満面の笑顔で頭をすり寄せてきた。
ロイドは「ああ、ありがとうフェンネル。最高に頼もしかったよ」と優しく頭を撫でてやる。
「ヒィィィィィッ! お、覚えていろぉぉぉっ!」
泥沼から這い出したレオンとバルトは、泥水をすすりながら、情けない泣き叫び声を上げて荒野の彼方へと転がるように逃げ去っていったのだった。
骨折した腕を引きずり、泥に足を取られて何度も転びながら逃げていく二人の後ろ姿は、もはや勇者でも貴族でもなく、ただの汚れた害虫そのものだった。
エデンの空には、彼らの悪臭を吹き飛ばすように、再び清々しい新緑の風が吹き抜けていく。
ロイドは仲間たちと笑顔を交わし、再び平和なテラス席へと腰を下ろすのだった。




