第36話:冷徹なる拒絶~「俺は追放されたただのゴミ拾いですから」~
テラスの空気が、ピシリと音を立てて凍りついた。
爽やかだった風が止み、張り詰めた殺気が満ちる。
ルシアの瑠璃色の瞳に、冷徹なまでの殺戮演算コードが青白く明滅し、右腕の装甲がカシャリと微かに変形した。
セリスの翡翠色の瞳には、普段の穏やかさからは想像もつかないほどの軽蔑と怒りの光が宿り、アリアは扇子で鼻を押さえながら、汚水を見るような冷え切った眼差しを落とした。
そして、ロイドの膝の上で撫でられていたフェンネルの銀色の毛が、ボワッと逆立った。
「ガルルルルルッ……! ご主人様に汚ねぇ泥の手で触るんじゃねぇ、クソ豚どもが……! 噛み殺すぞ……ッ!」
「フェンネル、いいよ」
ロイドはフェンネルの頭を優しく撫でて制すと、ゆっくりと紅茶のカップをテーブルのソーサーに置いた。
カラン、と澄んだ陶器の音が響く。
ロイドは立ち上がり、足元に這いつくばるレオンとバルトを、氷のように冷ややかな、一切の感情を交えない瞳で見下ろした。
その瞳の冷たさに、レオンはゾクッと背筋を震わせた。
かつて帝都の地下で、どんな理不尽な命令にも黙々と従い、どれほど罵倒されても文句一つ言わなかった、あの温厚な青年の面影はどこにもなかった。
そこにあるのは、自らの手で世界を切り拓き、多くの命を救ってきた真の強者だけが纏う、静謐な威厳だった。
「……お断りします」
「……え?」
レオンが間抜けな声を漏らした。
「な、なんだって……? お前、今なんて言ったんだ……?」
「お断りします、と言ったんです」
ロイドは静かに、だが一言一言をナイフのように研ぎ澄ませて告げた。
「俺は一ヶ月前、バルト伯爵、あんたの手によって『無能のゴミ拾い』として解雇され、帝国から国外追放された身です。公的な追放令状にも、しっかりと皇帝の印章が押されていましたよね。俺はもう、オルディス帝国の市民でもなければ、勇者パーティの一員でもありません。ただの、世界の果てで暮らす名もなき平民です」
「な、何を言っているんだロイド! 昔の情というものがあるだろう! 僕たちは一緒に帝都を守ってきた仲間じゃないか! 僕がお前をパーティに入れて、日銭を恵んでやっていた恩を忘れたのか!」
「情? 仲間? 恩……?」
ロイドの口元に、冷ややかな失笑が浮かんだ。
「俺が中央魔導炉で三年間、不眠不休で高濃度猛毒ヘドロを処理していた時、あんたたちは一度でも俺に感謝の言葉を言いましたか? 真冬の豪雨の夜、馬車の荷物を守るために俺を一晩中外に立たせ、冷え切った身体に温かいスープ一杯すら恵まなかったのは誰ですか、レオン。壊れた武器のメンテナンスを徹夜で終えて届けた翌朝、あんたは『遅い、雑用係のくせに僕を待たせるな』と罵って、俺の腹を鉄のブーツで蹴り飛ばし、配給のパンを泥の中に投げ捨てて拾わせましたよね。バルト伯爵、あんたは俺が命懸けで無害化したミスリルスラグの功績をすべて自分のものにして私腹を肥やし、裏金の帳簿を地下炉に投げ捨てて証拠隠滅していましたよね。用済みになったら退職金の一文すら渡さず、死の廃棄谷へ放り出しましたよね」
「う……な、なぜそれを……!」
バルトが息を呑み、顔面を真っ青に染めてガタガタと震え出した。
ロイドは《原質解体》によって、捨てられた紙屑のインクの一文字まで読み取っていたのだ。
テラスの傍らでそれを聞いていたセリスとフェンネルは、あまりの非道さに怒りで小刻みに肩を震わせていた。
「信じられません……そんな悪逆非道な仕打ちをしておいて、今さらロイド様に助けを求めるなど……!」「人間の皮を被った汚らわしい蛆虫どもが!」とセリスとアリアが吐き捨てる。
「そんなあんたたちに、俺が手を貸す義理など微塵もありません。自分たちが傲慢に撒き散らし、放置してきたゴミは、どうぞご自分たちの手でお片付けください。……二度と俺の前に姿を現さないでいただきたい」
一切の妥協も温情もない、完全なる三行半。
その理路整然とした正論を突きつけられた瞬間、レオンの顔が屈辱と怒りで真っ赤に沸騰した。
自分が否定されたこと、下僕に見下されたことが、傲慢なプライドを狂わせたのだ。
「こ……この恩知らずの奴隷野郎がああああっ!!」
レオンは逆上し、泥まみれの左手で腰の予備短剣を抜き放ち、ロイドの喉首めがけて突き出した!
血走った瞳孔を見開き、狂気に歪んだ笑みを浮かべる。
「僕を見捨てる気か! 治せ! 今すぐ僕の腕を治せぇぇぇっ! 治さないなら、ここで喉を掻っ切って殺してやるぅぅぅっ!! 僕に従わないゴミ拾いなど、生かしてはおかんぞぉぉぉっ!! 僕の栄光を返せぇぇぇっ!!」
狂乱の形相で刃を振り上げるレオンの瞳には、かつての勇者の誇りなど欠片もなく、ただ己の保身と欲望だけが醜く渦巻いていた。




