第33話:聖剣の爆発と勇者パーティの完全崩壊~折れた右腕~
帝都から北へ十キロ、赤黒い毒煙が立ち込める『嘆きの峡谷』。
そこに、五つの巨大な蛇の首を持つ伝説の猛毒魔獣、ポイズン・ヒドラが地響きを立てて君臨していた。
全長三十メートルを超える巨体。
鱗の一枚一枚が強酸のヘドロでぬめり、五つの首がそれぞれ独自の意志を持つように蠢きながら、触れた岩盤を一瞬で沸騰・蒸発させるほどの猛毒ブレスをまき散らしている。
峡谷の崖は酸で溶かされ、足元はドロドロとした毒沼と化していた。
「グルルルルルッ……! シャアァァァッ!」
ヒドラの五つの顎から、紫色の強酸弾が豪雨のように降り注ぐ。
「くっ……防壁が持たない! 《魔導障壁・三重展開》!」
上級魔導士のエレンが杖を突き出し、必死で青い結界を張るが、ヒドラの酸性ブレスが触れた瞬間にジュワジュワと激しく煙を上げてヒビが走る。
「うわあああっ!? 盾が……オリハルコンの盾が溶かされる!」
先陣を切った重装騎士クライドの巨大な大盾が、ヒドラの太い尾の一撃と強酸を浴びて真っ二つに砕け散り、クライドは血を吐いて岩壁へと激突した。
僧侶のミラが回復魔法を唱えようとするが、ヒドラの毒気が大気の魔力循環を乱し、魔法陣が霧散してしまう。
戦況は、開始わずか三分で完全な崩壊を迎えていた。
「ちっ、使えない雑魚どもめ! 僕の足を引っ張るな! 下がっていろ、僕が一人で決めてやる!」
レオンは傲慢に叫び、腰の『クリムゾン・エッジ』を抜き放った。
恐怖心を打ち消すように全身に金色の光の魔力を滾らせ、ヒドラの巨大な胴体めがけて跳躍する。
五本の首が一斉にレオンへと牙を向け、猛毒の顎を開く。
だがレオンは慢心の笑みを浮かべ、刀身を頭上高くに振りかざした。
「死ねぇぇぇっ! 勇者奥義――《クリムゾン・シャイニング・スラッシュ》ッ!!」
レオンは渾身の全魔力を刀身に注ぎ込み、ヒドラの首をまとめて切り落とそうと全力で剣を振り下ろした。
しかし――。
その瞬間、最悪の物理現象が牙を剥いた。
レオンが注ぎ込んだ超高密度の魔力エネルギーが、刀身の根元に残留していたスラグ酸の不純物と激しく化学反応を起こしたのだ。
熱暴走を起こしたスラグ酸が一瞬で気化・膨張し、分子結合の脆くなっていた金属結晶が圧力に耐えきれず、限界を超えて内部崩壊を起こし――。
ドガァァァァァァァァンッッッッ!!!!
「ぎゃあああああああああああああっっっ!?!?!?」
刀身がヒドラの皮膚に触れる直前、魔力とスラグが誘爆し、レオンの右腕の中で大爆発を起こした。
吹き飛ぶ無数の鋭利な魔導鋼の破片。
そして――バキバキバキッ!という生々しい破壊音とともに、レオンの右腕が手首から肩に至るまで、複雑粉砕骨折を起こしてあり得ない方向へとグニャリとへし折れた。
骨の断端が肉を突き破り、鮮血が噴水のように吹き上がる。
あまりの衝撃にレオンの身体は錐揉み回転しながら地面へ叩きつけられた。
「僕の腕がぁぁぁぁっ! 腕がぁぁぁぁっ! 痛い! 熱い! 骨が粉々だ! 助けてくれぇぇぇっ!」
地面に転がり、血煙を上げて狂乱の悲鳴を上げるレオン。
それを見たパーティメンバーたちの顔から、完全に色が失われた。
「ひ、ヒドラの傷一つつけられずに自爆した……!?」
「もうダメだ……あいつ、勇者でも何でもない、ただの無能だ!」
「エレン、回復を……!」
「断るわ! こんな無能の我儘に付き合って命を落とすなんて冗談じゃない! 今まで散々私たちを顎でこき使っておいて、自業自得よ!」
「見捨てろ! こいつのせいで全滅してたまるか! 逃げるぞ!」
僧侶ミラも魔導士エレンも騎士クライドも、泣き叫ぶレオンに目もくれず、背中を向けて我先にと帝都の方角へ脱兎のごとく逃げ去っていった。
誰一人として、彼を助けようとする者などいなかった。
人徳も信頼も仲間への思いやりも持たず、ただ他人を道具として見下してきた勇者の、哀れすぎる結末だった。
「ま、待て! 僕を見捨てるな! 回復魔法をかけろ! 僕を置いていくなぁぁぁっ! エレン! クライドぉぉぉっ!」
ヒドラが五つの首をもたげ、血の海に倒れるレオンへと迫る。
ジュウウウウウッ!
ヒドラが吐き出した強酸の奔流が、レオンが先ほどまで倒れていた地面をドロドロに溶かし、沸騰した泡の海へと変えた。
ほんの数秒、裂け目へ転がり込むのが遅れていれば、全身の肉と骨が溶かされて跡形もなく消滅していただろう。
レオンは股間から失禁しながら、ちぎれかけた右腕を左手で抱え、激痛に叫び声を上げながら、命からがら泥の中を這いずり回って峡谷の裂け目へと逃げ延びたのだった。




