第32話:焦る勇者レオンの出撃~スラグまみれの武器でドラゴン討伐へ~
「レオン殿! レオン殿はいらっしゃるか!?」
バルトが乱暴に扉を開け放つと、部屋の中では、勇者レオンが鏡の前で自らの金髪を狂気じみた形相でかきむしり、高級なマホガニーのテーブルを蹴り飛ばして喚き散らしていた。
床には、粉々に砕かれたクリスタルの花瓶や、破り捨てられた高級シルクのシーツが散乱している。
「くそっ! くそっ! なんでだ! 僕はこの世界の主人公、選ばれし光の勇者レオン様だぞ!? それなのに、街の平民どもは僕を見るなり『悪臭を何とかしろ!』『口先だけの偽物勇者!』と罵声を浴びせて、腐ったトマトや泥水を投げつけてきやがった! 僕の美しい金髪に泥がついただろうが! なんで僕がドブ掃除なんかで評価されなきゃならないんだ!」
「レ、レオン殿……! 落ち着いてくだされ!」
「落ち着いていられるか! 自慢の聖剣は中央炉のスラグ酸でポッキリ折れたままだし、王宮から支給された予備の名剣五本も、地下のヘドロに触れただけでボロボロに錆びて使い物にならない!あの役立たずの鍛冶師どもめ、『酸を中和しなければ修理不能です』だと!? 僕の栄光が……僕の完璧な英雄伝説が、こんなドブ臭い街で終わってたまるかぁっ!」
レオンは苛立ちを露わにして壁を激しく殴りつけた。
レオンの頭の中には、かつて雑用係としてこき使っていたロイドの姿が浮かんでいた。
以前は、どれほど激しい戦いで武器に傷がつこうと、魔獣の強酸を浴びようと、ロイドに預けておけば翌朝には鏡のようにピカピカに研ぎ澄まされていたのだ。
刃こぼれ一つなく、重心のバランスまで完璧に調整され、新品以上の切れ味を取り戻していた。
重い荷物運びも、野営地の設営も、不味い携帯食料を美味いスープに仕立て直すのも、すべてロイドが一人で裏方に徹してやってくれていた。
だが、道具の手入れなど一度も自分でしたことのないレオンは、それをすべて『自分自身の神聖魔力のおかげ』だと本気で思い込んでいた。
あんなゴミ拾いの平民など、自分の栄光の足元に侍る都合の良い奴隷に過ぎなかったはずなのだ。
バルトは卑屈な揉み手をしながら、レオンの耳元にねっとりとした声で囁きかけた。
「レ、レオン殿……! 名誉を挽回する絶好のチャンスがございますぞ! 帝都近郊の峡谷に、汚泥の魔力に引き寄せられた古代の巨大魔獣『ポイズン・ヒドラ』が出現したとの報告が入りました!」
「ポイズン・ヒドラだと……!? あの災害級の猛毒竜か!?」
「左様です! この国家存亡の危機に、レオン殿が単独で巨大魔獣を討伐して凱旋なされば、市民も皇帝陛下も熱狂し、レオン殿の勇者としての名声は不動のものとなりましょう! 悪臭の不満など、一瞬で吹き飛びますぞ!」
「……それだッ!」
レオンの濁った瞳に、起死回生の光が宿った。
「そうだ……! 僕に必要なのは、圧倒的な武功だ! 巨大な怪物を討伐して見せれば、愚民どもは再び僕を崇め奉るに決まっている!」
レオンは壁に掛けられていた、予備の魔導重剣をひっつかんだ。
かつて帝室宝物庫に収められていた、火炎属性の古代名剣『クリムゾン・エッジ』。
出撃前、宮廷鍛冶師の老人が「レオン様、その剣の根元には先日の地下炉探索のスラグ酸が浸透しており、分子結合が脆くなっております! 高密度の魔力を注ぎ込めば破断しますぞ!」と必死で引き留めた。
だが、功名心に目が眩んだレオンは、「黙れ老いぼれ! 僕の神聖魔力があれば、どんな剣でも神話の聖剣に進化するんだ!」と鍛冶師を蹴り飛ばし、警告を完全に無視して剣を腰に佩いたのだった。
蹴り飛ばされた老鍛冶師は、血を吐きながら床に倒れ伏し、去りゆくレオンの背中を見つめて静かに呟いた。
『あの男は、道具の命も仲間の命も理解できぬ愚か者だ……。己の手入れを怠った武器に、いつか必ずその身を滅ぼされるだろう……』。
その不吉な予言にも気づかず、出撃前、近衛兵の詰所でレオンは「見よ、これぞ真の勇者の出撃だ!」と高らかに演説したが、兵士たちは鼻を押さえたまま冷ややかな目を向けるだけだった。
街中に出れば、避難する平民たちが「おい、勇者が逃げ出すぞ!」「怪物を連れてくる気じゃないだろうな!」と罵声を浴びせかける。
「おい、エレン、クライド、ミラ! パーティの連中を集めろ! 今すぐ出撃するぞ! 僕の神速の剣技で、ヒドラの首など瞬殺して見せてやる!」
背後で魔導士エレンや重装騎士クライドが「あいつ、本気配備のメンテナンスもしてない武器でヒドラに挑む気か……?」「死にに行くようなもんだぞ」「もうあいつの命令で盾になるのはうんざりだ」と冷めきった囁き声を交わしていることにも気づかず、破滅へのカウントダウンが始まっていることすら知らぬまま、勇者レオンは血気盛んに出撃していったのだった。




