第3話:最果ての死地『終末の廃棄谷』~見渡す限りの毒煙とゴミの海~
帝都が未曾有のヘドロ災害の幕開けに揺れ、貴族たちが恐怖に震え上がっていた頃。
ロイド・アルスターは、帝都から遥か東へ百キロ以上離れた、国境地帯の荒野を一人、のんびりと歩いていた。
「……うん。空気がうまいな」
ロイドは深く息を吸い込んだ。
もっとも、その空気には、常人であれば吸い込んだ瞬間に昏倒するような強烈な金属のサビ臭さと、刺激性の腐食ガスがたっぷりと含まれていたのだが。
ロイドの目の前に広がっているのは、大地が神の剣で叩き割られたかのような超巨大な大渓谷。
深さ数百メートル、幅数十キロ。その底知れぬ谷底を埋め尽くしているのは、見渡す限りの廃棄物の山、山、山であった。
倒壊した古代の魔導要塞の瓦礫。軍の演習でスクラップになった旧式戦車の残骸。魔導研究所から夜闇に紛れて不法投棄された猛毒の魔導薬品樽。そして何百年分もの腐食金属と呪われた汚泥。
帝国のみならず、周辺諸国からも長年にわたってゴミが捨てられ続け、誰も近寄らなくなった大陸最大の死の世界――『終末の廃棄谷』。
立ち込める紫色の毒霧は昼なお暗く、谷底には雑草の一本すら生えていない。
生物の肉体を骨ごと溶かすこの地は、凶悪な重犯罪者の流刑地としてすら使われない、正真正銘の「世界のゴミ捨て場」であった。
「三年ぶりの故郷(?)みたいなもんだな。……相変わらず、盛大にとっ散らかってる」
ロイドは谷底を見下ろしながら、どこか懐かしそうに目を細めた。
実は、彼が自らの特異体質であるスキル《原質解体》に目覚め、その力を一人で磨き上げたのが、まさにこの廃棄谷だったのだ。
幼くして両親を病で亡くし、スラムの路上で行き倒れかけていた少年時代。生き延びるためにこの廃棄谷へ迷い込み、ゴミ山に捨てられていたカビだらけのパンの毒素だけを分子解体して食べたのが、彼のすべての始まりだった。
「帝都のヘル・ゲートは狭苦しくて、上司の機嫌取りばかりで肩が凝ったからな。ここなら誰の目を気にする必要もない。好きなだけ掃除して、好きなだけモノを作れる。……最高の物件じゃないか」
ロイドの足元に、谷から這い上がってきた紫色の毒煙が蛇のように絡みつく。
普通なら靴底の革が一瞬で溶け出し、肉が骨まで爛れる猛毒だ。
だが、毒煙がロイドの足首に触れた瞬間――シュルシュルと微かな音を立てて、無害な水蒸気と新鮮な酸素へと自律分解されていく。
ロイドの肉体は、長年スキルを極限まで使い続けた結果、彼自身に触れる有害物質を無意識下で自動解体する《受動解体》の領域に達していた。
「さて、まずは今夜の野営場所を確保しないとな。……あのあたりから片付けるか」
ロイドは身軽な動作で、垂直に近い急峻な崖をトントンと飛び降りた。
着地の瞬間、足裏にかかる数十トンの衝撃を、足元の小石を瞬時にサラサラの砂へと解体することで完全に吸収し、音もなく谷底のヘドロの海へと降り立つ。
目の前には、十階建ての巨大なビルに匹敵する、産業廃棄物の山が立ちはだかっていた。




