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第2話:臨界突破のヘル・ゲート~鍵を抜かれた帝都の破滅~

ロイドが中央廃棄処理場を去ってから、わずか三時間後のことである。

 帝都の午後を告げる時計塔の優雅な鐘の音が響き渡った頃、中央廃棄物管理庁の豪華な長官室では、バルト伯爵がソファに深く腰掛け、最高級アッサム紅茶を優雅にすすっていた。


「ふふふ……実に素晴らしい。あの薄汚いゴミ拾いを一人切っただけで、年間数千ゴルドの予算が浮く。その浮いた金で、我が屋敷に新たなクリスタルのシャンデリアを新調するとしよう」


 バルトが満足そうに豚のような頬を緩めた、まさにその瞬間だった。

 ドガァァァンッ!と扉が勢いよく開け放たれ、血相を変えた副官が転がり込んできた。


「ば、バルト閣下ぁぁぁっ! 大変です! ヘル・ゲートが……中央廃棄炉が大変なことになっております!」

「騒々しいぞ、無礼者め! 貴族の執務室で下品な大声を出すなといつも言っておろう。代わりの作業員なら、先ほど軍の工兵隊から屈強な者を百人ほど送り込んだはずだが?」

「その工兵隊が、全員全滅いたしました!」

「……は? 全滅?」

「はい! 現場に到着した直後、炉内の汚泥が突然異常沸騰を始め、防護マスクのフィルターを溶かすほどの超高濃度猛毒ガスが噴出いたしました! 四十名が重度の酸熱傷で昏睡、残りの兵士もパニックを起こして逃走しました!」

「な、何だとぉぉぉっ!?」


 バルトの手から、金彩の施された高級磁器カップが滑り落ち、純白のペルシャ絨毯の上に無残な茶褐色の染みを作った。


「馬鹿な! 馬鹿なことがあるか! いつもならあの無能なロイドが一人で平然とスコップで片付けていたのだぞ!? たかがゴミを焼却炉に流し込むだけの作業に、なぜ正規軍の工兵百人がかりで手こずるのだ!」

「わ、分かりません! 炉内の温度が規定の八百度を遥かに突破し、すでに千八百度に達しています! 制御魔導回路が焼き切れ、このままでは魔力スラグの自律連鎖爆発が起きて、帝都の地下基盤そのものが吹き飛びます!」

「ひ、ひぃぃぃっ! すぐに魔導師団を呼べ! 水系と氷系の魔導師を全員動員して、炉を力尽くで冷やさせるのだぁ!」


 バルトは額に油のような汗をびっしりと浮かべ、短い足を猛烈な勢いでバタつかせながら、地下のヘル・ゲートへと駆け下りた。

 しかし、現場に足を踏み入れた瞬間、バルトの呼吸は凍りついた。

 そこは、数時間前までとは完全に別世界の、阿鼻叫喚の地獄と化していた。


 ドォォォォォン……! ゴゴゴゴゴ……!


 凄まじい地響きとともに、頑丈なミスリル複合装甲で覆われていたはずの炉壁が、まるで風船のように外側へ向かってボコボコと歪に膨らんでいる。

 炉の注入口や配管の継ぎ目からは、ドロドロとしたタール状の紫黒色の汚泥が、生きた悪魔の触手のようにブクブクと腐敗泡を撒き散らしながら溢れ出していた。

 駆けつけた帝立魔導師団のエリートたち三十名が、青ざめた顔で杖を構え、必死の形相で呪文を叫び立てる。


「《極大氷結結界(アブソリュート・コフィン)》!!」


 極大の冷気嵐が巻き起こり、溢れ出る汚泥を分厚い氷の棺で封じ込めようとした。

 ――だが、その瞬間。


 ボゴォォォッッ!!


「ぎゃあああああっ!?」


 氷はヘドロに触れた瞬間にどす黒く変色し、蒸発するどころか、逆に汚泥のエネルギーを爆発的に増幅させた。

 吹き飛んだ腐食性の酸混じりの熱風が前衛の魔導師たちを直撃し、彼らの豪華な魔導ローブを一瞬でドロドロに溶かし去る。


「無理です、伯爵閣下! この汚泥は単純な熱源ではありません! 帝国中から集まった数万人分の怨嗟と魔導残滓が凝縮した《呪詛スラグ》です! 魔法のエネルギーをぶつければぶつけるほど、それを糧にして爆発的に自己増殖していきます!」

「な、なんということだ……! ではなぜ、あのロイドとかいうゴミ拾いは毎日無傷で処理できていたのだ!?」

「そ、そんなこと分かりません! あいつは何か、我々の知らない禁忌の古代技術でも使っていたに違いありません!」


 その時、バルトの血走った視界の隅に、壁の工具掛けに無造作に掛けられていた一本の真鍮の鍵が飛び込んできた。

 ロイドが立ち去る間際、『くれぐれもその鍵には触らない方がいい』と言い残していった、あの鍵だ。


「そ、そうだ! あの男が最後に弄っていた鍵だ! あのゴミ拾いが使っていた鍵なら、炉の緊急停止レバーに連動しているに違いない!」


 恐怖で完全に正気を失っていたバルトは、制止しようとする魔導師の手を振り払い、壁から真鍮の鍵を力任せにひったくった。

 そして、炉のメイン制御盤にある非常停止ソケットへと、渾身の力で鍵を突き刺したのだ。

 ――だが、それこそが帝都の息の根を止める致命的な過ちだった。


 その鍵は、ロイドの持つ神話の固有スキル《原質解体》の繊細極まる共鳴波を、炉内へ均等に行き渡らせるための『調律器』。

 ロイドの魔力という絶妙なバランサーが存在しない状態で鍵を無理やり突っ込んだ瞬間、炉内に充満していた数万トン分の魔力スラグの超高圧エネルギーが、ソケットを通じて一気にショートしたのである。


 ピシィィィィィン……!


 凍りつくような硬質な亀裂の音が響き、真鍮の鍵が粉々に破裂した。

 次の瞬間。


 ドガァァァァァァァァァンッッ!!!!


「ぎゃあああああああああっ!?」


 ヘル・ゲートの中央防壁が、内側からの超絶な圧力に耐えかねて大爆発を起こした。

 数千トンの猛毒ヘドロが黒い津波となって逆流し、地下処理場にいた魔導師たちを濁流のように呑み込んだ。

 そしてその汚泥の奔流は、帝都全土の地下を網の目のように巡る幹線排水管へと、怒涛の勢いで雪崩れ込んでいったのである。

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