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第28話:違法闘技場から廃棄された銀狼少女~折れた四肢と血まみれの檻~

世界の果てに広がる死の地『終末の廃棄谷』。

 その中央に、ロイドの《原質解体》と《分子再構築》によって奇跡のように創り出されたオアシス『エデン』は、今朝も清々しい静寂と平和に包まれていた。

 名水オアシスから引き込まれた小川が心地よいせせらぎを響かせ、ヒノキのログパレスからは、焼きたてのパンとハーブティーの芳醇な香りが漂っている。

 だが――そんな穏やかな朝の空気を切り裂くように、エデンの境界ゲートから、砂煙を上げて一台の快速幌馬車が猛スピードで滑り込んできた。

 御者台から飛び降りてきたのは、真紅のドレスを土埃で汚した商人アリアだった。

 琥珀色の瞳を血走らせ、肩で息をしながら、テラスにいたロイドへと駆け寄ってくる。


「はぁ……はぁ……っ! ロイド様! 大変なものを……帝都の裏ギルドの連中が、とんでもないものを捨てていきましたわ!」

「落ち着いて、アリア。冷たい水でも飲んで……一体、何が捨てられていたんだ?」

「生き物ですわ! それも……太い黒鉄の檻に閉じ込められ、全身血まみれにされた獣人の少女です!」

「なに……!?」


 ロイドの顔から温厚な笑みが消え去り、瞳に鋭い光が宿った。

 アリアは震える手で胸元を押さえながら、帝都の暗部で見てきた生々しい惨状を告発した。


「帝都の腐敗貴族たちが秘密裏に運営している、非合法の地下闘技場――『血の円形劇場』をご存知ですか? 他国から拉致してきた亜人や獣人の奴隷を、飢えたキマイラや毒サソリと素手で殺し合わせ、貴族たちが酒をあおりながら賭け狂う最悪の処刑見世物小屋ですわ! その檻にいたのは……連戦連勝を重ねながらも、最後は複数頭の巨大魔獣に囲まれて四肢を砕かれ、戦えなくなった『使い捨ての闘奴』です! 治療する金すら惜しんだ悪徳興行主が、産業廃棄物として廃棄谷へ投げ捨てていったのです!」

「生きた人間を、オモチャにして使い潰した挙句にゴミ箱へポイ捨てだと……!」


 ロイドの拳が、ギリッと音を立てて握りしめられた。

 傍らに控えていたルシアの瑠璃色の瞳に、冷徹な青い光が明滅する。


「マスター。北東三キロ地点の廃棄区画より、高濃度の生体出血反応および微弱な心拍パルスを検知。……直ちに出撃を具申します」

「行くぞ、ルシア、セリス!」

「はい、ロイド様!」


 三人はエデンの境界線を飛び出し、北東の廃棄エリアへと急行した。

 そこは、エデンの緑豊かな大地とは打って変わり、赤茶けた乾いた岩山と、紫黒色の有毒ガスが地を這う荒涼とした死の世界だった。

 岩肌が窪んだ谷底に、ドスンと重い音を立てて崖の上から放り投げられた跡のある、巨大な黒鉄の檻が横倒しになっていた。

 近づくにつれ、鼻腔を突くツンとした刺激臭。

 それは、酸化した鉄の匂いではない。

 乾きかけた生々しい血糊の匂いと、化膿した傷口から立ち上る、腐敗の熱気だった。

 太い鉄格子の隙間から檻の中を覗き込んだ瞬間――セリスが「あっ……!」と息を呑み、涙を浮かべて両手で口元を押さえた。

 檻の鉄板の上に、折り重なるようにして倒れ伏していたのは、一人の獣人の少女だった。

 頭頂部にはピンと尖った白銀の狼の耳、腰からは豊かな白銀の尻尾。

 だが、その本来であれば朝露を浴びた月光のように輝いていたはずの毛並みは、ドス黒い乾いた血と泥、そして魔獣の体液にまみれ、見る影もなく変色してゴワゴワに絡み合っていた。

 身に纏っているのは、幾重にも引き裂かれた革鎧の残骸のみ。

 何より凄惨を極めていたのは、彼女の手足だった。

 両腕の肘、そして両足の膝と脛が、関節の曲がる方向を完全に無視して、不自然にグニャリとへの字にへし折れていたのだ。

 裂けた褐色の皮膚を突き破り、ギザギザに砕けた白い骨が露出し、そこから紫色の混ざった赤黒い血がドクドクと鉄板の上へと滴り落ちている。

 全身には無数の獣の爪痕、刃物による深い切り傷、そして言うことを聞かせるために焼き鏝で押し当てられたケロイド状の火傷の痕。

 激痛と大量の失血、そして何日も水すら与えられていなかった極度の飢餓により、少女の胸の上下はかすかであり、今にも命の灯火が消え去りそうだった。

 だが――。

 ロイドたちの足音が檻の前に響いたその瞬間。

 ピクリ、と少女の銀色の耳が跳ね上がった。

 血まみれの泥に突っ伏していた顔が、信じがたい精神力でカッと持ち上げられる。

 ボサボサの銀髪の隙間から現れたのは、爛々と燃え盛る、野生の獰猛さを宿した緋色の瞳だった。

 少女は砕けた四肢の激痛に全身の筋肉を痙攣させ、ゴホッと血の塊を吐き散らしながら、犬歯を剥き出しにして唸り声を上げた。


「ウゥゥゥ……ッ! ガルルルルルッ……! 近寄るな……薄汚い人間どもが……!」

「マスター、生体解析を実行」


 ルシアが指先から微弱な走査光を放ち、淡々と告げた。


「種族名、獣人族『銀狼族(シルヴァ・ウルフ)』。個体名フェンネル。推定年齢十六歳。全身に四十八箇所の重度打撲および裂傷。左右の前肢・後肢に複雑粉砕骨折を確認。長期間の飢餓と脱水症状により、生命維持限界まで残りおよそ十五分です。……帝国闘技場の記録と一致。彼女は誇り高き銀狼の血を引き、百戦無敗の闘奴として見世物にされていましたが、昨夜、三頭のポイズン・キマイラと同時に戦わされ、毒牙と爪によって四肢を破壊されました。もはや戦えぬと判断され、ゴミとして投棄された模様です」

「娯楽のために……こんな若い女の子を死ぬまで戦わせて、壊れたらゴミ捨て場にポイ捨てだと……!?」


 セリスが怒りに肩を震わせ、大粒の涙をポロポロとこぼした。


「なんて……なんて酷いことを……! 私を道具のように使い潰した神殿の貴族たちと全く同じです……! 生きている命を……心を持った少女を、何だと思っているのですか……!」

「グルルルッ……! あたいを……憐れむな……ッ!」


 フェンネルは激痛に脂汗を垂らし、歯の根をガチガチと鳴らしながら、威嚇を続けた。


「あたいを殺すなら……ひと思いにやれ……! 見世物として屈するのも……人間に命乞いするのも……死んでもごめんだ……ッ! あたいは……誇り高き銀狼族の戦士だ……ッ!」


 全身を粉々に砕かれ、死の淵に立たされながらも、決して魂を売り渡すまいと牙を剥く少女。

 その痛々しくも気高い魂に、ロイドの胸の奥底で、静かで熱い決意の炎が燃え盛った。


「誰も殺したりしないさ。……よくここまで一人で耐え抜いたな、フェンネル。今、出してやるからな」

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