第23話:帝都の悪臭限界と皇帝の勅命~「ロイドを連れ戻せ!」~
エデンが甘美な富と平和なスローライフを謳歌している一方――オルディス帝国の帝都は、文字通り『地獄の底』へと叩き落とされていた。
中央魔導炉『ヘル・ゲート』の爆発事故から二週間。
ロイドという唯一無二の抑え手を失った帝都の地下排水網は完全に決壊し、一日あたり数十万トンに達する紫黒色の猛毒ヘドロと有毒スラグが、市街地の至るところから噴水のように吹き荒れていた。
美しい白亜の石畳の大通りは、膝の深さまでドブ川と化している。
貴族街の豪奢な大邸宅は、酸性の毒ガスによって大理石の壁がドロドロに溶け崩れ、金ピカの彫刻は黒ずんで腐食。
どれほど高価な香水を部屋中に撒き散らそうと、窓を目張りしようと、喉を焼き、目を潰すような強烈な硫黄と腐敗の悪臭からは逃れられない。
嘔吐と呼吸困難で倒れる市民や近衛兵が続出し、帝都の都市機能は完全に崩壊していた。
「おえぇぇぇぇっ! ゲホッ! ゴホッ! だ、誰か……誰かこのクソ忌々しい悪臭を止めんかぁぁぁっ!!」
帝都宮殿、白亜の玉座の間。
鼻と口に分厚い濡れタオルを三重に巻き付け、涙と鼻水を流しながら絶叫しているのは、帝国の最高権力者、皇帝アルブレヒト四世だった。
「魔導師団は何をしている! 宮廷錬金術ギルドはどこへ行った! 勇者レオンはどうしたのだ!」
「へ、陛下……! 宮廷錬金術師たちはヘドロの毒気に中てられて全員寝込んでおります! 魔導師団の大規模浄化結界も、毒ヘドロの酸性魔力で魔法陣ごと溶かされ、全く歯が立ちません!」
「勇者レオン殿は……折れた聖剣の代わりに手配した帝国宝物庫の名剣五本を、スラグの強酸で次々に溶かされ、自室に引きこもって『こんなの僕の仕事じゃない!』と発狂しております!」
「役立たずどもがぁぁぁぁぁっ!!」
皇帝は玉座の手すりを激しく殴りつけた。
「では、あの男はどうしたのだ!? バルト伯爵の管理下で、たった一人でこの炉を何年間も平然と清掃・維持していたという、あの清掃員の男は!」
「は……! そ、それが……バルト伯爵の報告書によれば、二週間前に『無能な平民ゆえに解雇・国外追放処分とした』とのことで……」
「大馬鹿者があああああああああっっっっ!!!」
皇帝の怒声が、宮殿の天井をビリビリと震わせた。
「一人で数十万トンの猛毒スラグを無事故で処理し続けていた男が、無能なはずがあるか! その男がいなくなった途端に、我が帝国がゴミと悪臭で滅びかけているではないか! バルトの爵位を剥奪し、地下牢へ叩き込め! いや、それよりも――今すぐ軍を派遣して、そのロイドという男を連れ戻してこい! 帝都のゴミを片付けさせろ!」
皇帝の錯乱した勅命に、玉座の前に進み出た一人の巨漢がいた。
帝国重装装甲連隊の隊長にして、軍閥貴族の筆頭――ガストン子爵。
全身を分厚い黒鉄の重装甲で固め、冷酷非情な武力至上主義者として恐れられている男だった。
「わっはっは! 陛下、このガストンにお任せあれ! 相手は所詮、身一つで放り出された平民のドブネズミに過ぎません。首輪と鎖をつけて、犬のように引きずり戻して見せましょう!」
「おお、やってくれるかガストン! 失敗は許さんぞ!」
「ご安心を。我が重装装甲部隊の鉄の蹄で、逆らう者など跡形もなく踏み潰して御覧に入れます!」
ガストン子爵は下卑た笑みを浮かべ、重装歩兵五十名と、最新鋭の魔導鉄鋼戦車馬車を連ねて、意気揚々と廃棄谷へと出撃していったのだった。




