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第20話:借金まみれの没落令嬢商人アリア~荒野のオアシスへ逃げ込む~

ドガァンッ!


 エデンのオアシスと廃棄谷を隔てる外縁部の砂利道に、一台のボロボロの幌馬車が、車軸を軋ませながら激しく横転するようにして止まった。

 馬車を引いていた痩せこけた老馬は、口から白い泡を吹いてその場にバタリと倒れ込み、もはやピクリとも動かない。

 そして、傾いた御者台から、転がり落ちるようにして砂埃の中に投げ出された人影があった。


「ゲホッ! ゴホッ……! はぁ……はぁ……っ! も、もう……ダメですの……!? だ、誰か……お水を……!」


 砂まみれになりながら這い起きたのは、豪奢だが泥と埃で汚れきった真紅のドレスを纏った、一人の少女だった。

 燃えるような赤毛の豊かなウェーブヘアに、勝ち気そうな琥珀色の瞳。

 年の頃は十七、八歳。

 彼女の名は、アリア・フォン・シルフィード。

 かつて帝都オルディスでその名を轟かせた名門貴族シルフィード家の令嬢であり、持ち前の商才を活かして若くして自らの商会を立ち上げた、気鋭の新進商人だった。

 だが――彼女の輝かしい未来は、帝都の闇に蠢く腐敗貴族と悪徳高利貸したちの卑劣な罠によって、一瞬にして打ち砕かれた。

 先週発生した帝都中央魔導炉の爆発パニック。

 その混乱に乗じた貴族街の重鎮たちが、自らの損失を穴埋めするため、アリアの商会に莫大な架空の負債を押し付け、全資産と店舗を強引に差し押さえたのだ。

 背負わされた借金の総額は、金貨三千枚。

 個人の商人が一生かかっても到底返済できない天文学的な金額だった。

 そして、悪徳高利貸しの放蕩貴族は、冷酷な笑みを浮かべてアリアに迫ったのだ。

 『返せないなら、借金のカタに我が屋敷の愛人となってもらおうか。誇り高いシルフィードの令嬢も、檻の中の小鳥にしてしまえばいい値がつく』

 そんな屈辱に甘んじるくらいなら、死んだ方がマシだ。

 アリアは深夜、手元に残された最後のオンボロ馬車に飛び乗り、帝都を脱出。

 追手の手を逃れるため、誰も足を踏み入れようとしない死の禁足地――『終末の廃棄谷』へと、乾坤一擲の覚悟で逃げ込んできたのだった。

 しかし、過酷な荒野の炎天下は、世間知らずの令嬢商人を容赦なく痛めつけた。

 水筒の水はとうに尽き、喉は焼け付くように張り付き、老馬は息絶えた。


「こんなところで……誰にも看取られず、干からびて死ぬなんて……! わたくしの夢……大陸一の大商会を作るという夢は……ここで潰えてしまいますの……?」


 視界が白く霞み、熱狂した大地に崩れ落ちるアリア。

 だが――その時。

 死の淵に立たされたアリアの乾いた鼻腔を、ふわりと、信じがたい芳香がくすぐった。

 それは、焦げた鉄と毒煙の匂いではない。

 爽やかな新緑の草木の匂い、澄み切った清流のせせらぎの音、そして――信じられないほど甘美で芳醇な、紅茶の香り。


「え……? まぼろし……? 死ぬ前の……お迎えですの……?」


 朦朧とした瞳を開けたアリアの視界に飛び込んできたのは、赤茶けた死の谷の真ん中に広がる、エメラルドグリーンの瑞々しい芝生と、美しいヒノキのログハウスだった。

 そして――。


「おい! 大丈夫か!? しっかりしろ!」


 駆け寄ってきた黒髪の青年が、砂埃にまみれたアリアの上体を素早く抱き起こした。

 続いて、純白のメイド服を着た美しい人形のような少女が、冷たい水差しを手に駆け寄ってくる。


「ルシア、冷たい名水と、さっきの砂糖入り紅茶を急いで持ってきてくれ!」

「了解(イエス)、マスター。対象の重篤な脱水症状を確認。直ちに水分補給プロトコルを開始します」


 青年は手際よく、アリアの乾ききった唇に冷たい名水を少しずつ含ませ、気道を確保した。

 そして、微かに意識を取り戻したアリアの口元に、まだ湯気の残る、琥珀色の甘い紅茶のカップをそっと添えてやったのである。

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